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2009年10月23日 (金)

1966 駅傍の朝蕎麦・・・。

1966 写真 朝日新聞社

1960年代中頃、私の高校時代はまだまだ世間の眼が厳しく、吉祥寺駅の近くで腹ペコを補填するために、こっそり暖簾をくぐるなどということは・・・、ご法度でありましたが、下校後仲間とつるんでは、ハモニカ横丁にあった餃子の名店・石家荘に直行するのでした。

1966年、大学に入り、それも高尾に出来た大学に通うにはちょっと早めに起きなければならず、それまでの吉祥寺に通うリズムとはまったく変ってしまいました。殆ど、朝飯抜きで家を飛び出すような通学でしたから、その頃プラットホームに出来始めた立ち食い蕎麦屋に駆け込んでは、大好きなかき揚げ蕎麦を注文していました。当時は、良心的な店など少なく、かき揚げなどといってもほとんど天カスばかりで、わずかに見え隠れする桜海老の妖しげな桃色が、妙に青春の男心を善からぬ想像力へと駆り立てるのでありました。

その頃、立川駅の立ち食い蕎麦が絶品だ・・・、などという噂が仲間内から立ちあがり、単純な私はすぐさま行って味わいましたが、確かに、ダシ・蕎麦の風味・真心たっぷりな具のあれこれ・・・、これまでの駅蕎麦とは違うもので、それ以来、立川でほぼ毎日下車、夕食までの空腹を満たすために立ち寄ってしまうのでした。

上野駅で1966年に撮影されたこの写真を観ると、マイホームが通勤先から遠退いていった『ドーナッツ化現象』の風俗が記録されています。朝の二時間で500杯も売れ続けた、この店などは、笑いが止まらなかったでしょうが、やがて4年後にはファーストフーズの雄・マクドナルドが上陸。蕎麦屋しかなかったに等しい駅ナカにも選択肢の幅が徐々に広がっていき、食わせてやるという視線しか放たなかったこの手の業界にも、笑顔と真心さえもマニュアル化された、飲食サービスの黒船時代が到来してきます。

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