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2009年10月31日 (土)

スケルトンな魅せ方・ダイソン社の掃除機

Rimg23585 Rimg23586 Rimg23587 華やかな銀座のショーウインドーが秋冬のトレンドを並べているだけでは何の意味をも持たないご時勢ですが、華やかなファッション雑貨の陳列ウインドーの中にポツンと、まるで大学の研究室から抜け出したような博物学的展示にドキッとさせられました。この展示は地下鉄銀座線を松屋に向かう改札を出ると、左手に見えてきます。

これは、画期的な羽なし扇風機を発明したダイソン社の掃除機が解体され、美しく総ざらいされている姿です。部品ひとつひとつまでもが美しく、無駄のない姿からもこの企業の信頼性が増してしまいそうですし、たった一個の部品にまで目の行き届いたデザインとテクノロジーのリンクした姿は、現在考えられるプロダクトデザインのあるべき姿を象徴しています。

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2009年10月30日 (金)

ここは楽しい DELFONICS表参道ヒルズ

Rimg23598 Rimg14198 いわゆる「ゆるキャラクター」と呼ばれるこの国独特のほんわかしたカワイイ商品ばかりが登場する文具・ステーショナリーの世界で、1980年代の原宿にあったFLAXという質実剛健なアメリカンステーショナリーの系譜でもあるDELFONICS http://www.delfonics.com/は、若い客に混じりおじさん比率の比較的高いお店であります。渋谷パルコ・自由が丘にはSIXと、同じテーストながら微妙な品揃えの差異があって、私の好きなショップであります。

ここ表参道ヒルズにあるショップは規模が大きいだけに、商品の区分も分かりやすく、道具としてのステーショナリーに対するスタンスもあって、周辺のストリートファッションに疲れたときなど、ちょっとした駆け込み寺代わりに楽しませてもらってます。以前は、佐藤社長の文具に対する見識にかなった商品が多かったように思いますが、最近は女性スタッフの要望が増えたのか、機能的裏づけの商品が減少し、カワイイ衝動買い商品も増えてきた感があります。

それでも、此処のウインドーは楽しく、ミッドセンチュリーの雰囲気を醸しだしたオフィススペースを軽やかに表現しています。一寸前のRHODIA、MOLESKINEの揃い展開も気持ちよく、この運営の千変万化には予想を裏切る小売のしたたかさが根付いています。

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2009年10月29日 (木)

南青山 菊屋 『瑞雲』

Photo_2 依頼された早朝の撮影が予定よりはやく終り、久しぶりに南青山界隈を徒歩で徘徊しましたが、テナント募集の張り紙が目だっていて、何となく気分も湿りがちになりそうであります。それでも、秋晴れの朝は人の気分を活き活きと蘇らせ、表参道ファッションが今やファストフードと同じ指向性ばかりめざすものの、南青山にはそれなりのプロが作りこんだファッションとプレゼンテーションが点在していて、徘徊しながらも現在の高度な感性を充電するには好都合なひとときであります。

更地も目立つ南青山を骨董通りに向かいましたが、この通りに沿った店舗にも閉鎖中の気配が濃厚でしたが、「菊屋」さんだけは、季節のメッセージをいつものように可愛らしく楚々として展開しています。ここは和菓子同好の諸氏にはお馴染みの店ですが、渋好みの菓匠、神田・神保町「ささま」よりもやや色使いの可愛らしさがあり、造形にも具象性がありますから一般にも馴染みやすい和菓子が多いと思います。入って最初に目に飛び込んだのは『瑞雲』という名のシンプルな生菓子です。瑞雲とは幸運、幸せを予兆する縁起の良い雲のことだそうですから、この美しい姿をしばし見つめ、閉塞感に充満した世相が飛んでいくよう祈願したい気持ちでありました。

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2009年10月28日 (水)

黄金色の景観

1909

画・安野光雅

自然の風景が一気に黄金色に色づいてくると、それまでの緑の光景が一転して、何か、後光が射したありがたいもののように見えてきます。とくに、風の動きが草木にダイレクトに伝播してうねる様などは、まるで緩やかな波のようでもあり、吸い込まれるように、ついつい見入ってしまいます。

早春の眩しいばかりの光景も気持ちが晴れ晴れとなってありがたいものですが、秋に近づくこの時季の様子は、しっとりとした風雅な姿となり、その様は春とは違った哀愁を帯びた切ないものの、自然界の輪廻転生を観るようであり、しいては人間の一生のようでもあります。

フォーク・カントリーミュージックにも、自然の移ろいを賛美した曲が多いのですが、安野光雅さんの画に相応しいとなると、サイモン&ガーファンクルの、アップテンポながら哀愁がたっぷりの、この曲でしょう・・・。http://www.youtube.com/watch?v=IZid4klb9OU

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2009年10月27日 (火)

串焼きにもピンからキリまで。

Rimg11365 年中、店頭から煙を立ち上らせている店の前を偶然通ってしまい、その堪らないほどの美味しい臭いに吸い寄せられて、暖簾を潜ってしまうご同輩も多かろうと存じます。

串焼きに関わる店は、以前ほど多くなくなったものの、まだまだ人気は衰えていないようで、サラリーマンの多い駅近くには必ず存在しています。

新宿に通っていた頃、新宿・末広亭の傍に、鳥田村という店があり(現在も繁盛しています。)明日が定休日ともなると、定例会議のように同好の士が三々五々集まっては、お決まりの社内の枝葉末節な話に始まり、上司の行動と意見の物まねが中締め、最後は雄叫びをあげ、もう一軒!!!、という連続でありました。メタボなど構ってられないほどのストレス負荷のかかるセクションの人間などは、これがあの静かな○○君なのか・・・、と思うほどの変貌振りに、比較的ノーマルな人間に囲まれて育った私は、この会社を通して、生々しい人間の本音と建前、そして不条理の連続を覚えるのでした。

今の若い皆さんは、草食系などと呼ばれるほど静かな社会人生活のようでありますが、30年程前は、肉食系と呼んでも収まらないほどの豪傑が男女を問わず、夜の街を徘徊してました。見知らぬ客と同席になり、何かの行き違いで口論となれば、瞬時に手を出してしまい・・・、などゴールデン街の武勇伝も数多く残された先輩も今や、静かに暮らしていらっしゃるかと思うと、感無量な一面もあります。

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2009年10月26日 (月)

ジョン・ハートフォード サザンアメリカンミュージックの典型

Jh

1937年12月30日、ニューヨーク市で生まれたJohn Hartfordは、1952年に、この街にLester Flatt&Earl Scruggs& Foggy Mountain Boysがやってきたことで、彼の音楽人生を決めてしまう。1960年代中頃には、ミズーリ州やイリノイ州のローカルなバンドでバンジョーの演奏を磨いたり、ハリウッドへ出向きラジオのDJなどを行う。その後、Glen CampbellのGoodtime HourというTV番組にレギュラーのバンジョープレイヤーとして参加した。有名なGlenの大ヒット曲「Gentle On My Mind」はHartfordの作詞作曲である。70年代最初から80年代は、ヒッピー文化に迎合したドラッギーなサウンドを上質なブルーグラスに融合したが、その後は、善良なアメリカン・パーフォーマーとして、アルバム「MARK TWANG」はグラミーを獲得するなど、ユニークな活動を行う。惜しくも、2001年6月4日に長い癌との戦いに打ち勝つことができず他界した。

Hartfordのバンジョースタイルは、実は、Earl Scruggsに傾倒したソリッドなものであるが、ステージやパフォーマンスでは、通常よりも数音低く調弦した楽器を使い、独特なフレーズを独特のロールで弾く。4小節聞けば彼のものだと分かる演奏スタイルは、数居るブルーグラス・バンジョー奏者の中でも、かなり異色である。(SHOW BY BANJO)

ブルーグラス界というよりも、アメリカンミュージックの地域性を出した一方の旗頭として、もっと評価されてもよさそうなJohn Hartfordさんは、もう亡くなられてしまいましたが、その独特な歌声とやや低音にチューニングされたバンジョーの音色に虜となって以来、今も聴き続けています。アメリカの内陸の文化・芸能はその愛好者のマニアックな嗜好もあって、大きな広がりをみることはありませんが、Johnさんの音楽には地域の特性をはっきりと打ち出しながらも、そのしっとりとした曲趣には普遍的美しさがあって、聴いているだけで、その世界に引き込まれていきます。

You Tubeから名曲Lorenaです。http://www.youtube.com/watch?v=Pjhp93XG0SU

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2009年10月25日 (日)

熱海・大火前の海岸通り

3 1950年(昭和25年)4月に二度に亘る火事によって熱海の町は773戸が焼失して、その後は観光の大衆化、高度成長時代を迎えて、高層ビルのホテル街となりましたが、この写真はその焼失する以前の堂々たる木造三階建ての旅館が海岸通りに向かって林立している様子です。

今や木造建築の凛とした姿を見かけることも少なくなり、ましてや新築の木の香りも清清しい情緒に浸るなどということも、遠い昔の話となってしまいました。

旅館でありながら、何となく艶っぽい遊郭建築の部分的片鱗もちらつかせ、熱海のもつ色っぽさもプレセールしているようであります。家族のどてら姿からしてまだ寒い時期とはやとちりしてしまいますが、旅館の軒下に連なる『熱海温泉桜祭り』の提灯が3月末から4月上旬を証明しています。

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2009年10月24日 (土)

煎餅屋さん。

Rimg16643 コンビニストアでぶら下がっている「酒の友としてのつまみ」と云わんばかりのコーナーでは、乾き物の王道として煎餅の類もイカの函館焼きの隣に並んでいて、なかなか微笑ましいものでありますが、何か陳列のせせこましさがお気の毒といった感じは免れません。

それでも、たまに浅草の商店街を歩いていると、正統・本流な煎餅の店に出会うことがあり、その清祥たる姿に、身震いなど起こしそうなのであります。

このピカピカに磨きこまれた手吹きガラス瓶とアルマイトの蓋の容器を見ると、小学生の頃、吉祥寺の文房具屋の店頭に並んでいたボンナイフや蛍光色のような消しゴムが、この容器に入っていて、その色と反射からお菓子のようにも見えたことを、ふと、思いだします。

この容器には銘以外は何も書かれてなく、誰も気になる値段などは省略され、「商いのすべてはお客と店主との会話から始まる」、といわんばかりのみごとな割り切り方です。白い和紙・赤い和紙の自由な順列を見ていても、小さなことに拘らずといった、この店のゆとりさえ感じてきます。

昨今は、お客と店との会話など望まない世代が増え、世間はますます、空虚な気配が多くの街にも忍び寄っていますが、この店の煎餅たちを観ていると、浅草の街は会話と笑顔に溢れ、空虚な気配を納得いかない人々によって、支えられていることを実感いたします。

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2009年10月23日 (金)

1966 駅傍の朝蕎麦・・・。

1966 写真 朝日新聞社

1960年代中頃、私の高校時代はまだまだ世間の眼が厳しく、吉祥寺駅の近くで腹ペコを補填するために、こっそり暖簾をくぐるなどということは・・・、ご法度でありましたが、下校後仲間とつるんでは、ハモニカ横丁にあった餃子の名店・石家荘に直行するのでした。

1966年、大学に入り、それも高尾に出来た大学に通うにはちょっと早めに起きなければならず、それまでの吉祥寺に通うリズムとはまったく変ってしまいました。殆ど、朝飯抜きで家を飛び出すような通学でしたから、その頃プラットホームに出来始めた立ち食い蕎麦屋に駆け込んでは、大好きなかき揚げ蕎麦を注文していました。当時は、良心的な店など少なく、かき揚げなどといってもほとんど天カスばかりで、わずかに見え隠れする桜海老の妖しげな桃色が、妙に青春の男心を善からぬ想像力へと駆り立てるのでありました。

その頃、立川駅の立ち食い蕎麦が絶品だ・・・、などという噂が仲間内から立ちあがり、単純な私はすぐさま行って味わいましたが、確かに、ダシ・蕎麦の風味・真心たっぷりな具のあれこれ・・・、これまでの駅蕎麦とは違うもので、それ以来、立川でほぼ毎日下車、夕食までの空腹を満たすために立ち寄ってしまうのでした。

上野駅で1966年に撮影されたこの写真を観ると、マイホームが通勤先から遠退いていった『ドーナッツ化現象』の風俗が記録されています。朝の二時間で500杯も売れ続けた、この店などは、笑いが止まらなかったでしょうが、やがて4年後にはファーストフーズの雄・マクドナルドが上陸。蕎麦屋しかなかったに等しい駅ナカにも選択肢の幅が徐々に広がっていき、食わせてやるという視線しか放たなかったこの手の業界にも、笑顔と真心さえもマニュアル化された、飲食サービスの黒船時代が到来してきます。

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2009年10月22日 (木)

港北IKEAのメニューボード

Rimg23097 デザインの秀逸さと安心価格、それとオープンストックの店舗空間が当たって、此処、港北IKEAは毎日賑わっているようです。この日、小さな抽斗を見にきたのですが、先ずは腹ごしらえとばかり、レストランに向かいました。夕方のタイミングがあたり、日頃の満員状況は避けられ、ガランとしたレストランはまるで、工場の社員食堂のような雰囲気がありました。

そこで、このメニューボードに感心したのであります。巷にある数多くの飲食店にはスペースからして、この巨大なボードを期待するわけにもいかないでしょうが、それでも、分かりやすさ、見やすさの点からグッドデザインでありましょう。おそらく、ランチ時間に混雑し、行列しながらメニューを決めるにも簡単ですし、グラフィック的にも無駄のない処理がされています。

先日、近場のファミリーレストランで席に座ると巨大なメニューがあり、その間抜けなほどのでかさに笑ってしまったばかりでしたから、IKEAは実に新鮮に見えたのかも知れません・・・。

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2009年10月21日 (水)

輝くにも程がある。

Rimg23142 この時期、快晴早朝の銀座をまだ人気のない中、中央通りを銀輪疾走する快適さは、一度経験してみると癖になるほどの魅力があります。

いつの日か、東京都心周回の自転車レースが開催されるあかつきには、スタートかゴールのどちらかは、絶対に銀座・中央通りでなければならないと勝手に思っています。それほどこの通りは、いかに海外メガブランドが跋扈しているとはいえ、圧倒的な日本の風格オーラがあります。

この日、無風快晴の中、やや北風はあるものの、世田谷方面から目黒通りを経由して日比谷通りから新橋を抜け、銀座に向かいました。朝8時過ぎの銀座は中央通りに真っ直ぐ日が射していて、車も殆ど走っていない中、眩いばかりのスワロフスキーのビルに眼がくらみました。クリスタルの輝きを象徴した壁面は真っ青な空と向かいの様々なビルの外観が映り込み、この街が最も銀座らしい優雅な風情を醸しだす夕方とは違った、みずみずしさと輝きがあります。残念ながら、日本のブランドではありませんから、心底、感心することは無いのですが、この企業イメージをストレートに表現した意匠には率直に納得であります。

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2009年10月20日 (火)

椅子の典型・ERCOL

Rimg23078 Rimg23083 もったいないという生活観がしっかりと根付いたような今日でありますから、新しい商業施設内にも、リサイクル・リプロダクツ・リユースなどのファッションや雑貨が、ぐっと増えてきたように思えます。

久しぶりの代官山徘徊中、程よい小路を抜けた途中に、このような家具・雑貨の店がありました。目黒通りにもこの店舗はありますが、代官山の店舗は店自体が古い家屋を活かしてますから、このような趣きの品々でも違和感無く、却って、今時の洒落っ気が満載であります。

商品の中核をなす、ARCOL社の家具は最近都内で目立ちはじめ、ナチュラル系のファッションブランドの店でもちらほら見かけます。そういえば、あのイタリアモダン系のデザイン主張だらけの傾向は、今やどこにいってしまったのかと思うほど見かけなくなり、永く作り続けられた世界のオーソドックスなものに、嗜好が移ってきたかのようです。いわゆる、普遍的『民芸系』の世界が、時代の要求に合いだしたのか分かりかねますが、質素で剛毅なものへの憧れ傾向は、若い世代を中心に止まるところを知らないといわんばかりです・・・。

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2009年10月19日 (月)

谷中・韋駄天 「崔在皓 白磁展」

Rimg23359 Rimg23376 快晴の上、気温も26度近くまで上昇した日曜日は、半袖ジャージにショートのボトムという夏の格好で都心を抜け、皇居を4周し、本郷通りから言間通りを経由して谷中に向かいました。谷中は自転車で徘走するにはそのスケールの相性がよく、春先と丁度今頃がご機嫌な風を受け、最高の時間を過ごせます。今日は、谷中の韋駄天というギャラリーで開かれている崔在皓(チェジェホ)さんの白磁展の最終日でしたから、ぜひともこの目でしっかりと、その力強さと繊細さを併せ持った作品を目に焼き付けるため、駆け込みました。崔さんは山口県周南市で作品を作られてますが、年に一度このギャラリーで展覧会を開いていくそうです。私は先週土曜日、此処を通りかかりその作品の素晴らしさに魅かれ、再度、今日も伺ってしまいました。皿・鉢・水滴・花器から人形・硯まで夫々の作風は違うものの、白磁のもつ清浄な姿は、シンプルながらも単なる器物ではない気配をもっています。白磁好きの私が日常使っている湯のみや器も崔さんの作品のようなきちんとしたものではない雑器ですが、それでも使いやすさと、手に馴染む感覚は極上ですから、崔さんの皿にささまの和菓子http://www.sasama.co.jp/top.htmlでも載せたら、さぞ美しい姿になるのでは・・・、などとイマジネーションだけは一方的に広がります。

このギャラリーの名でもある韋駄天とはたしか、白州正子さんのもうひとつの呼び名だった気がしますが、此処に置かれている品々にも、白洲さん好みというか白州派ともいうべきか、作為なく力のある品揃えの文脈がくっきりと出てますから、最近の和陶器にありがちな柔なものがなく、筋の通った潔さが店内に集積されています。ここは朝倉彫塑館に向かう道筋を入り、100メートルばかり行った左にあり、リノベーションした空間はとなりの寺院の借景が満喫でき、谷中特有の柔らかい日差しが待っています。Rimg23362 Rimg23382

谷中『韋駄天』

台東区谷中5-2-24

電話:03-3828-1939

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2009年10月18日 (日)

そっくりさん!

Rimg12312 Hokusai0401 藤森照信さんの撮影した写真とご存知、北斎の版画との異種同系な姿に笑ってしまいました。

波に洗われしゃくれてしまった岩場の美しい曲面と北斎の大波とがあまりにもみごとな一致を見せてくれます。

藤森さんは今やバナキュラー・エコの二大コンセプトを掲げて、アバンギャルドながら可愛い建築を作っていますが、そのアイディアソースとして、このような諸国の面白風景やら街角のカケラなどを取材・収集しているのです。ひたすら収集しているそれらは藤森さんの尋常ではない記憶装置に溜められ、洗練さと可愛らしさのフィルターを潜って、独自の境地の景色を創ってくれます。

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2009年10月17日 (土)

ただのステンレスが・・・。

Rimg11083 Rimg11080 材料あるいは素材というソリッドなものが、均一な機械工作でなくファジーな手加工を通ると、見違えた美しい工芸品のように代わってしまうからこそ、手と眼で瞬時に判断していく手加工が見直されているのにも納得であります。これまでデザインの専門家の中では低く見られがちだった職人芸ではありますが、やはりカタチを作る上では王道に違いなく奥深いものであります。さらに、最近のセレクトショップで置かれるプロダクツの殆どは、手の加工が施された商品であるというところにも、今の時代気分が反映されているようでもあります。

このスエーデンを代表するジョージジャンセン社のペーパーナイフは、30年ほど前に海外出張にヨーロッパに出向いた際、コペンハーゲンの空港ショップで購入したものです。長さ13センチほどの手のひらに乗っかってしまうコンパクトなサイズながら、ずっしりとした重さが、何となく男心を満足させてくれます。デリケートな曲面を入れ込んだ正面は手加工の研磨によるものですから、全てのものが均一なわけがなく、おそらく、一本一本、微妙に違ったリフレクションを見せてくれるのでしょうが、使い道が限られたものだけに、その微妙に違うであろう輝きが気になるのです。

逃げ場のないミニマリズムの代表のようなデザインであるからこそ、さりげなく打ち込まれた刻印の位置に、全体とのバランスに対する相当な執念というか、絶対の自信のようなものを感じます。

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2009年10月16日 (金)

知らなかった!。あの傑作が!。

Rimg23086 Rimg23088 Img6a656080zik7zj1 時代の流れがこうさせるのか計り知れませんが、先日、大好きなチョコレートである『明治ミルクチョコレート』を買いに行って愕然としたのです。あの1971年に亀倉雄策氏によるオーセンティックなロゴが変わってしまい、すっかりパッケージが可愛くなってしまい、平面における絶対バランスもどうしちゃったの?、といいたくなるほどの間抜けバランスであります。ミルクのとろっとした雰囲気をだしたとされる明治製菓の会社新ロゴが変わったことに連動した措置なのでしょうが、せめて、このアイテムだけはそのままにしておいてほしかったというのが、本音であります。

茶色の包装紙は以前の色よりも赤味が増え、ひょっとすると、味の方も変わったのでは・・・、と感じ、開けて食べてみると、ズバリ、ミルクの含有量が増えたような甘さが先にきてしまい、これではあの苦味もあった以前のものとは別物であります。

ぱっと観た雰囲気から、カジュアルな可愛らしさで店頭での売上増進を計ったのか、内部の都合も多々おありでしょうが、これでもうひとつ、私の追憶のカタチが消え去ったこともたしかな話であります。

このように些細なことからも、この国の森羅万象、ことごとく可愛い方向にシフトしていることのように観え、行き着くところ、何処かの国にように『変わるべきものごとと変わってはいけないものごとの分別の物差し』が在る筈のない、可愛い友愛に満ちたハッピー・プリティカントリーを目指すしかなさそうです。

さて、THE LOOK OF THE CENTURYというだいぶ前の本は、ほぼ200年間の傑作デザインをグラフィックから車までその時代の俯瞰を通して構成・編集された本ですが、1970年代の傑作として、是非、以前の明治ミルクチョコレートを載せてもらいたほどでした。残念ながら、叶わない願いでありますから、洒落に新しいパッケージを1970年代のページに置いてみると,当然ながら、全くの時代のズレが笑えます。

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2009年10月15日 (木)

1999 四大学対抗競技大会・50周年記念ポスター

1999 1999年という年は、京都に関わる、物産・産業・観光振興のショップ作りに京都市の第三セクターから任命されましたが、こともあろうに赤坂・アークヒルズに出店ということとなり、他府県の自治体ショップのような不特定多数が集客するような商業地ではありませんから、なんでもかんでも、それなりに・・・、というわけにはいかず、焦点を絞るのにたいへんな思いをして、準備室を立ち上げました。

当時、アークヒルズは海外企業の代表格が固まっていましたし、サントリーホールの開演前に散策するお客さんも多く、品揃えもレベルの高さが要求され、売れ筋ばかりのの通り一遍では通用するものではありませんでした。さらに、京都の物産をはじめ諸業界にはやっかいな閨閥のような世界があって、そのコンダクトにはやはり、京都を代表する文化の象徴の家元にお願いする以外、無かったのです。

その年に、依頼されたのが東京四大学対抗競技大会・第50回記念大会のポスターでありました。京都のショップの開店をまじかに控えた大忙しの最中、当時の最先端パソコンを所有するデザイナーとタッグでラフからフィニッシュまで一日で作成したのがこのポスターです。

マチス風の切絵に見立てた選手を四方に飛ばし、FUTURA書体でタイポグラフィー主体の一枚となりましたが、なかなかの力作であると自負しています。これを作成したパソコンの1ギガ容量で驚嘆していたのが、たった10年前であったことを考えれば、このIT世界の進化にはついていけませんね。

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2009年10月14日 (水)

自由が丘はざらざらしている。

Rimg22982 時代の嗜好性は勝手気ままなものですが、その裏には必ず世界のトレンドを牛耳っている組織やカリスマプロデューサーなどがいらっしゃるようです。

最近は、ツルツル・ピカピカ系統のジャンルは携帯か最先端のロードレーサーくらいなもので、インテリアからファッションまでがその殆どのトレンドがザラザラ系統のように思えてきます。

以前の自由が丘はファッションからリビング雑貨までいわゆる「自由が丘派」と称されるラグジュアリーな趣き一辺倒でしたが、この2年ほど前から徐々に、使い古したジーンズによく似合いそうなものが溢れてきています。エコと呼ばれる大テーマが地球上を覆っている今ですが、商品企画そのものまでもエコもどきばかりが溢れ出し、姿だけ真似しているだけでそれはそれで許されるのですが、生産過程で生まれる無理・無駄・ムラに関しては、相変わらず見て見ぬ振りをしていなければよいのですが・・・。

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2009年10月13日 (火)

一丁倫敦・丸の内の夜

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Rimg22962 一度壊してしまったものの、何方かの鶴の一声かどうか・・・、再生された三菱一号館でありますが、昼間の雰囲気はまったく周囲の先端ビル街とのミスマッチがハーモニーを欠き、環境的にも不思議感がつのるだけです。

というわけで、夜な夜な出かけてみると、昼間と違い煉瓦に当たる照明が柔和で浮き上がって観え、それなりの正統的存在感があります。さらに、テナントに古臭いものがなく、かなり計算の上、モダン・コンテンポラリーな店舗ゾーニングに苦労された形跡を垣間見ることが出来ます。また、ちょっとした犬の散歩には小さいながらも散策できるエリアもあり、そこそこの雰囲気があって、ここは間違いなく夜が美しいのであります。

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2009年10月12日 (月)

1958 秋の運動会

1215195802_2 私世代の多くがいまだに競争心・闘争心旺盛で、TPO(時・場所・状況)によっては空気読めないアラカン世代と揶揄されるのも、小学校時代の運動会が、まったくの競争心・闘争心の総ざらいであった影響なのかも知れませんね・・・。

一番以外は何の意味もなさない・・・、という家訓を子供時代から育まれた生徒もいれば、私のようなコスモポリティックな父の影響をまともに浴びてしまったノーコンセプト・ノンポリシー生徒まで、この小学校には経済界の重鎮から文化・芸術にかかわる家庭に至るまで、価値観・感性の幅が広くありました。

1958年、小学校5年生の秋の運動会は、徐々に体力もつきはじめ、そのエネルギーを発散する絶好の機会でしたし、女子生徒のブルマース姿にうっとりする色づきはじめた男子もいるという、硬軟入り乱れての、大人社会に片足を入れた気配がむんむんのイベントでありました。綱引き・騎馬戦・棒倒しと上級生になると、出し物も喧嘩寸前メニューが目白押しでしたから、前の日から、ニラレバやステーキでスタミナを付けることが、隠れたお約束でもありました。

この綱引きでもお分かりのように、地面はすっぴんの土ですし、履物は何故か理由が定かでありませんが、ゴム底付きの足袋なのです。力を踏ん張るには案外と役立つ履物なのですが、これで徒競争ともなると、体重の振動をまともに受けて脳天にガンガンくい打ちされるような痺れが走り、歯を食いしばって駆け抜けないと、舌を噛んでしまいそうになるという・・・、今から考えれば、凄い履物でありました。

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2009年10月11日 (日)

1956年・突風にびっくり。

32704 1956年頃は、年間を通してつむじ風や突風といった子供にとっては面白い自然現象が多かったように記憶しています。私の通っていた学園は大学まであり、大きなグラウンドも点在していたので大風が吹くたびにグラウンドの土煙が舞い上がり、その都度、学園内はイエローオーカーのような色一色に染まっていました。

この日記に書いてある突風は台風の前触れなのかどうか分かりませんが、担任の清水先生が早く帰らせてくれたことですから、それなりの規模でますます強くなる状況だったのでしょう。

久我山の自宅裏、北斜面の雑木林には松の大木も何本かあり、神田川方向から吹上げる風を直接浴びることも多く、その揺れ方も想像以上のしなり具合でした。そのゆっくりとした樹木の暴れ方を観ていると、自分が吸い込まれていくような感じがして、浮いているような錯覚に陥ることもあって、危険とは承知ながら、見つめていたのです。

神田川沿いの雑木林もこの頃と比較すれば激減ですが、面影の残っている箇所は僅かながら点在しています。

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2009年10月10日 (土)

青山 Farmer's Market

Rimg23041 Rimg23051 先週末、自転車を駆って青山通りを横目に観ると、国連大学前の広場で、美しくレイアウトされた、野菜・果物・花・加工食品などが生産者ダイレクトで販売しいていました。

やはり、明るい日差しの下で商ってこそ、この類の食材は輝きを増すことを実感したのです。デパ地下が今や、食品情報の牙城ともいうべき勢いでありますが、このような開放感ある場所こそ、もっとも相応しいに違いないのです。朝10時の開店でしたがお客さんもぼちぼち集まってきて、夫々の作り手の皆さんの実学に裏打ちされたセールストークに納得のご様子でありました。

10月の土日は雨天以外、朝10時から午後4時まで開催されてます。10 月31日は会場内で参加自由の宴もあるそうです。www.farmersmarkets.jp

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2009年10月 9日 (金)

鉛筆の硬度は・・・ばらばら。

Rimg17696 昨年の夏以来、鉛筆でスケッチするしかしようのない仕事に追われ、その都合上、自分で過去20年間ストックしていた鉛筆が底を尽きだし、先週、世界堂に出向いて、何種類かの硬度Bを買い求めました。

ところが、試し描きしたところ、これまで気付かなかったのが不思議なのですが、各ブランドによって、全く、書き味・滑らかさに違いというか個性の差がはっきりして、その差をしっかりと手に覚え込ませないと、表現に狂いを生じるのではないかと、疑心暗鬼になりそうです。

以前は気付かなかったので、伊東屋の文具・生字引の方に、電話で問い合わせてみると、何と、鉛筆硬度の国際標準規格というものはないそうで、国内のJIS規格でも、一応の物差しはあるものの、各社の書き味と硬度・濃度はかなり異なり、その違いの幅は以前よりも広くなったということです。

さて、画像の鉛筆は私が使い分けている硬度Bの全アイテムです。上四本は比較的硬めのグループで、詳細な意匠を表現するのに都合良いものですが、特に上から三番目のBerol VENUSの書き味はイギリスらしいアバウトな感じで、適度なザラザラ感がアナログ筆記具のもつ、ひとつの見識を知り尽くしているようです。その下のSTAEDTLER Mars Lumographは『つみきのいえ』でアカデミー賞・短編アニメ賞を取った加藤久仁生さんhttp://www.robot.co.jp/御用達の逸品です。現在、硬度・濃度・滑らかさにおいて、最もバランスの良い鉛筆の筆頭かもしれません。

赤い鉛筆グループは、かなり柔らかい硬度で、しっかりと塗りつぶす際に頼る二本です。特に一番下の、昔に買い占めたSchwan STABILO micro 8000は、永い間、建築・デザイン関係の諸氏にはお馴染みの優れものでしょうが、コピーした際の発色が素晴らしく、信頼度の高い商品でした。残念なことに、最近の同商品は、扱い店も少なく、品質も変ってしまったという声を聞きます。

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2009年10月 8日 (木)

圧迫感に迫られる。

Rimg22980 Img_8331 専ら、自転車で快走するのがたのしみな多摩川サイクリングロードですが、脇を走る多摩堤通りを最近走ったこともなかったですし、あの、二子玉川の再開発エリアの見え方はどんなものかと、この日、自動車が頻繁に通過するのを気にしつつ、走ってみましたが、正直、以前の解放感たっぷりの空のパノラマも分断され、やたら巨大な塊が覆いかぶさるようにニョキニョキしている以外のなにものでもありません。

このニョキニョキも川崎側から眺望していればそれなりの今風景観ではありますが、近くによれば、既にビル風のパワーも相当なものですし、何ともはや・・・、といった感じであります。今やダムも凍結される時代となり始め、やがてはこのような地域活性化の雛形のような商業地域と住居地域のパッケージも緒恩恵が極めて限られるだけ、地元の反対運動はさらに盛り上がりそうな気配を含んでいそうです。何よりも、良好な環境である上野毛・瀬田の国分寺崖線界隈が週末は此処を目指す迷惑車で抜道の定番ルートとなり、各所でひともんちゃくありそうなことが気がかりなのでもあります。

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2009年10月 7日 (水)

ケアンテリア便り・葉山

Rimg22874 Rimg22863 ここしばらく、ドライブから遠ざかっていましたし、飼っているケアンテリア『プリン』が車に乗るのが大好きなので、この日、早朝から湘南方面を飛ばしました。普段、閉塞感のある室内で商品企画アイディアやらパネルつくりに追われているため、手軽な自転車が息抜きには具合の良いリフレッシュですが、ドライブには自転車とは別格の醍醐味がありますから、止められません。いささか旧式の車ですが、馬力とトルク感が今の省エネ系の車には見出せない強さがあり、ほぼ十年乗り続けています。

第三京浜から横横道路を経て、50分ほどで葉山に到着。若干、飛ばし気味でしたが景色も最高でしたし、風も無く、穏やかな爽秋のひとときでありました。

『あぶずり食堂』で煮魚定食をいただき鎌倉経由で戻って来ましたが、この時期の湘南には喧騒時期を過ぎた独特の静けさと寂しさがあって、私の好きな季節でもあります。

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2009年10月 6日 (火)

これは洒落ている!。

Rimg22995_2 Rimg22999 いわゆる再生商品にいまいちピリリとするものがないとすれば、それは以前の商品や素材のあしらいよりもセンスアップされてないからかも知れません。

先日、自由が丘界隈を銀輪俳走していて、ふと目にとまったのがIDEE Shopで展開されていたこの商品です。段ボールを芯材にし、和紙に再生された素材がサンドイッチされ、そこに試験管が挿されています。ちょっとした散歩がてら道端で摘んだ野草でも投げ入れると、今風の床の間に浮いていてもそれなりの存在感がありそうですし、この軽ろ味はシンプルな空間にぴったりです。

最近観た再生系の商品では出色でありましたし、こうした一連の再生商品の隆盛を眺めていると1975年に刊行され、ファッションの潮流を生んだCHEAP CHIC http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794200552/iamcheapchic-22/ref=nosim/ の概念が、ふと頭を過ぎりました。

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2009年10月 5日 (月)

秋の姿 小川軒・モンブラン

Rimg23000 栗を素材とした和洋の菓子が勢ぞろいするこの時季は、お菓子好きにとって、わくわくする気持ちでいっぱいでしょう。

伝統的な和菓子から先端的洋菓子まで、栗をモチーフにした意匠に関わる構成原理は色・形・素材・テクスチュアがハーモニー系とコントラスト系に分かれ百花繚乱となりますが、一堂に観ることも出来ませんから、お気に入りの各店に足を運び見比べるしかありません。

さて、目黒通り・目黒局前信号の傍にある小川軒にも、この時季の名物・モンブランが店頭を飾るようになりました。一般的にモンブランはフランスのちょっと甘さの強いイメージがありますが、此処、小川軒のそれは日本の利平栗をを使い、あくまでも香りも品の良い日本的自然体です。これを、ちょっとモダンな京焼きの器に置くと、なかなかの現代的構成となって、思わず納得なのであります。他愛無いことなのですが、ちょっとした組合せの観念を変えてみると違った見え方が現われ、今風にも古典風にも豹変するお遊びは、錆び付きだした感性を磨くには手っ取り早いものです。

このモンブランに合う珈琲は、どうしても京都・イノダ珈琲の香りだなと思い、キッチン棚から先日娘が買って来た珈琲缶を探しましたが見当たらず、ガックリではありましたが、繊細な小川軒・モンブランの風味と造形は私にとっては洋菓子店で売られる和菓子そのものなのです。

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2009年10月 4日 (日)

優雅な時代 メアリー・ブレア展

Rimg23034 Rimg23032 Rimg23037 Rimg23038 やたら混んでいるという噂に尻込みしていたものの、混んでるからにはそれなりの訳もありなん・・・と思い、先日、都現代美術館まで出向きました。

あのディズニー映画やアトラクション施設の色彩・コンセプトのファンデーションを創造したメアリー・ブレアさんの展覧会は、http://www.ntv.co.jp/mary/about/ ある時代の影響もあり、健全なアメリカの良識の表現が会場に展開されています。まもなく10月5日が最終日ということもあり、雨にも関わらず、会場には老若男女が次々と入っていきます。ディズニーという大ブランドがバックにあるのは承知ですが、彼女の膨大な仕事は質量ともに抜きん出ていて、アカデミックな水彩画家としてスタートし、人との出会い、さらに時代の経過とともに、商業的観点のアプローチが見え隠れするものの、黄金の1950年代の代表的テーストが広がり、会場はエキサイティングな色が反射しています。うきうきするディズニー映画のコンセプトアートに見入る若いアニメーターは、彼女の下書きなしで描く手描きの実力と色彩設計に感心しまくっていました。

彼女の健全で明るい作品を観ていると、50年代のリーディングデザイナーであったチャールズ&レイ・イームズhttp://www.youtube.com/watch?v=LfCjS0NJ_Cgの映画やテキスタイルの影響が少なからずあったのでは・・・、と思いたくなります。

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2009年10月 3日 (土)

笑う石仏?

Rimg6288 岐阜県にある永昌寺には、このような笑っているとしか思えない石仏があります。開祖350年を迎えた昨年、お邪魔したのですが、この顔が風化に拠るものなのかどうか、どなたもお分かりではありませんでした。

どうみても私には微笑んでおられるとしか観えず、あまりの優雅さに失礼を知りつつ、シャッターを押してしまいました。

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2009年10月 2日 (金)

童蒙おしえ草・ひびのおしえ

Rimg17264 日々の暮らしがいたるところ便利になり、家庭環境もIT関係の普及によってそのコミュニケーションのありかたそのものが変わってしまったというか、狂ってしまったというか・・・。

穏やかな家庭環境こそが、その人間の人格形成の礎であることを、きわめて優しく書かれたこの本は、読書の季節に相応しい一冊です。慶応大学出版会http://www.keio-up.co.jp/np/isbn/4766412036/から3年前に出版されたものです。

大らかさと緻密さを併せ持つ大人物になるよう願って、イギリスの書物から福澤諭吉が子供の為に翻訳した一冊を岩崎弘さんが現代語訳したものですが、人間の在り方を解いたテーマであるものの、あるべき人間の家・人間の町・人間のくらしまで包括的にイメージできてしまうのですから、その内容たるや大人が読んでこそ、そのひとつひとつが、身にしみるのです。

もとより、難しい書籍を読むより、本質を優しく書かれたこのような傾向の書籍を手に取ってしまう私ですが、その中でも飛びっきり、中身の濃い一冊です。

童蒙おしえ草・ひびのおしえ

なぜ、生き物を大切にしなければならないのでしょうか?なぜ、約束を守らなくてはならないのでしょうか?福沢諭吉は、お話を通じてたくさんの「なぜ?」に答えています。
保護者の方や先生方もごいっしょに。
「心のおしえ」や「生きるヒント」をこの本から発見してください。

童蒙おしえ草 巻の1(生き物を大切に;家族を大切に ほか)
童蒙おしえ草 巻の2(自分で考え自分で判断し実行すること;威張ったり、うぬぼれたりしないこと ほか)
童蒙おしえ草 巻の3(思いやりのある心;怒ったり、我慢したりすること ほか)
童蒙おしえ草 巻の4(自由と権利;仕事を誠実にすること ほか)
童蒙おしえ草 巻の5(心の広い人;勇気のある人 ほか)
ひびのおしえ 1編(おさだめ(七つの大切なこと)
本を読む ほか)
ひびのおしえ 2編(おさだめ(六つの大切なこと)
天道さまのおきて ほか)

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2009年10月 1日 (木)

安井曽太郎

1 安井曽太郎の絵には、ある時代までの日本人の多くが持っていた律儀な精神が観られ、昨今の軽すぎる文化全般を見るに据えかねたときなどは、このような画趣を眺めるのが精神上、よろしいのかも知れません。

ターコイズを中心にブルーとグリーンを混ぜた配色が沈静効果を呼んでくれて、青磁器を好む私にもぴったりですが、方や梅原龍三郎のようなパワフルな画趣も元気をいただくという意味では捨てがたいわけですから、絵画といっても所詮は人間の気分や、その場のなりゆきで嗜好が左右されて、使い分けられるしまう宿命なのでしょうか。

さて、いまや諸芸術の筆頭格でもある絵画分野も、マーケットの流れに翻弄されて、アニメにその座を奪われかねない状況が目の前までやってきています。画商まかせだった時代は変わりつつありアーティスト自身がマーケットを創る時代となって、村上隆さんを筆頭に、その価格たるや完全にメディアそのものの卒倒するほどの高価格が目白押しなのであります。

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