« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »

2009年11月30日 (月)

OVE シマノのパイロットショップ

Rimg24677 Rimg24675 Rimg24695 Rimg24688 Rimg24667何故、こんなところにあるのだ・・・、と思われそうな南青山の一角、周りはカフェ・ギャラリー・骨董店・美容院など昔からの雰囲気が残されている環境に OVE http://www.ove-web.com/  があります。幹線道路をはずれ、青山墓地から楡の木通りに抜ける裏道ルートとして徘徊マニアには有名なゾーンにあり、静かさは保証済みです。

此処は、日本のスポーツギアメーカーとして、自転車・釣りなどの部品を世界一レベルにのし上げたSHIMANOが立ち上げた、パイロットショップです。普通ならば、より多くのお客さんに知って貰いたいと考え、表参道に出せる力のある企業ながら、「はずし」の美学が働いたのか、思わず、唸ってしまう場所にひっそりとあるのであります。

店内は今、トレンドな日本の雑貨と高品質な街乗り自転車との複合展開で、奥には日本のご飯とおかずなどがいただける場所もあり、うっかり、ロードレーサーのギンギン姿で入る雰囲気など全くありません。周りには古くからこじんまりと商っているカフェやビストロも点在していて、できれば、自転車よりもお散歩がてら寄りたくなるお店でありますし、店内の品揃えと展開はそれなりの充実と気配りがあり、のんびりと午後のひとときをここで読書三昧もあり・・・、という場でもあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月29日 (日)

桜新町は元気で眩しい!。

Rimg24616 桜新町の陽射しは町の真中を走る道路の幅が広い分、又、高いビルも少ない分、充分に眩しく輝きます。

この道路、1969年まで玉川電車の往来があったおかげで、現在もそのゆとりある街並が維持されています。木枯しの吹き荒れる時季となろうとも、落葉が店内に舞い込もうと、アーケードの設置などで季節感を感じる街並が少なくなった現在、この町は逆に天候の按配をまともに浴びてしまう稀少な人気町であります。長谷川町子さんの『サザエさん』の登場人物が街に看板として立ち続ける様子も微笑ましく、この道などは一日中、人の往来の途絶えることがありません。

この町、洒落た品揃えの大丸ピーコックはあるものの、シャッターを閉ざした個人商店の数は殆ど見られず、活気ある夫々の店は日常生活に根ざした地道な商売を、正直商道を通しつつ半歩先の時代感覚も按配良く取り込み、マンネリ化しないよう連綿として続けています。又、体格のよい日体大の学生諸君は概ね、この町を抜けて、深沢経由で登下校しますが、その元気な姿はいかにこの国の若年層に草食系男子が増えたかといえ、まだまだ、肉食系比率の高さをキープしている元気はつらつな雰囲気に溢れていますから、町中が老人だらけなどということなく各世代が入り乱れ、程よい大きさの桜新町も元気になってしまうのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月28日 (土)

山本良介選手に会う・深沢 BIKE&HIKE

Rimg24706 朝起きて、自転車を磨こうと思いクリーナー・洗浄液などを準備して、いざ、というとき、前輪のパンクに気付きクイックレバーを外しました。タイヤチューブの細部を見ると、何らかのはずみでぶつけたのか・・・、バルブの付け根から漏れていたことが分かり、午後、深沢にある自転車店・BIKE&HIKE  http://bikehike.jp/ に出向きました。

ここは、陽射しの明るい風光明媚な場所にあるため何処からともなく人が集まり、ロードマンからママチャリの皆さんまで呉越同舟、賑やかな笑い声の耐えないお店です。店主の竹内さんの商売っ気ないのんびりした人柄に反比例し、スタッフの若手はギンギンの新製品大好きな走り屋さんばかりで、そのアンバランス加減が、むしろ、ほんわかした時代にあっているのかも知れません。奥に入り、店主の奥様から紹介されたがっしりした若者、山本良介さんは http://ryosuke.livedoor.biz/ トライアスリートの第一人者として、先の北京オリンピックにも出場された方ですからご存知の方も多かろうと思います。この日、愛用の自転車のメンテナンスに訪れたそうですが、図々しくご一緒に一枚、お願いいたしました。この日曜日にはBIKE&HIKEの皆さんと高尾山までの銀輪徘走にご一緒されるそうですから、ご一緒すれば最先端・最強の走りっぷりをその眼に焼き付けることができます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月27日 (金)

東山魁夷・雪の金沢

05 父の故郷でもある信州に連れて行かれたのは1954年の春休みのことでした。

ツバメ号に乗って東京駅から名古屋経由で中央本線に乗り換えるのですが、初めて観る日本の地方の景色に何も言わず、ずっと窓越しに見入っていたそうですから、もうこの時分から、探索の芽生えはあったのかも知れません。

東海道線から見える景色は、灰色・茶褐色・漆黒・真っ白といった建物が殆どで、その周りを緑の森や、時々、神社なども見え隠れしていたように思います。ビルもさほど在ったわけでなく、ずーっと先まで見通せた景観からは、優しい風景であった印象が深くありました。なだらかな里山が連なる静岡県辺りに来ると、ラビットという名前のスクーターの広告看板が、麓をウサギが跳ねているように、延々と繋がっていたのが、今も印象深く記憶しています。

帰りは、夜、東京に到着したのですが、車窓からは、正に、この東山魁夷さんの描くような、ミッドナイトブルーに沈殿するかのような日本瓦の家並が連なっていました。家々から灯るオレンジ色のあかりは、暗い世界をあたたかく見せてくれ、東京に近づくにつれ、その灯りの数がぐんぐんと増えてくることが不思議でもありました。

やがて、テレビが普及し出し、トンボが群舞するようなアンテナが屋根の上を占めるようになってからは、落ち着いた風景が消し飛び、おまけにカラートタン屋根の普及がそれに輪をかけてしまい、収拾のつけようのない、お気に召すまま・お好きな色の氾濫となってしまい、秩序立った美しい町並みは過去のものとなりました。

さて、得たものもあれば失ったものもあり・・・、残念ながら、落ちついた人間が少なくなるのと同じく、落ち着いた景観も減ることはあっても、残ることは少ないのが現実なのです。それでも、時代の流れは、消え失せた美しい家・町並みを復興させようとする動きが各地で生まれはじめ、これまでの名所旧跡だけでない観光資源としても機能しそうな在り様です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月26日 (木)

IDL Ball Clip

Rimg19139 ネット社会になっても、必要な資料・情報は印刷して時系列で整理し、手元に保存しておかないと、思考回路がばらばらとなってしまうご同輩も多かろうと存じます。

ネットがいかに便利であろうとも、必要な情報が手元にあり紙を捲ることによって、その起承転結も読み取れることが、私のような企画屋稼業には、欠かせないのであります。ずーっと、クリアファイルなどの透明系の整理文具に頼ってましたが、あのファイルから紙を取り出す億劫さが以前よりも増し、そこで再登場願ったのが、IDL ball Clipというダブルクリップ(挟み文具)であります。

クリップにも夫々の用途に合わせた最適仕様というものがあるのでしょうが、私は、これ一辺倒であります。しっかりした挟み具合、ベアリングの心地よいスムース感、金属素材特性を活かしたデザイン処理・・・、ベストデザインとベストファンクションを兼ねた商品として、ロングプロダクツでありますが、どういうわけか、最近は洒落た文具店でも見かけなくなっています。

日本製で、何方のデザインなのか、あるいは、この製造メーカーの方の仕事なのか、分かりませんが、永く作り続けられんことを、願うばかりです。

些細な日常用途のものとはいえ、消耗品にありがちなどうでもよさがなく、存在感のある姿には信頼感が伝わり、アノニマスで健全な商品ここにあり・・・、の代表例であります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月25日 (水)

1970 神田川護岸工事

1970_02_21970_01_2   1947年に杉並区久我山で 生まれてから、のんびりした神田川の景色を観ながら育ったのですが、大学を卒業し就職の決まった1970年に始まったのが、神田川護岸工事でした。

それまで、家の周りはいわゆる武蔵野の雑木林が欝蒼としていて、自宅を出ると視界の広がる北斜面にその林がパノラマ展開していました。春夏秋冬、季節の変化が愉しめ、秋ともなると膨大な量の枯葉を集めて焚き火するのが、週末の日課でもありました。

その自然溢れた一角も、護岸工事に伴う機材・資財の置き場にもなり、草むらは関東ローム層の赤土に埋もれてしまって、その後、草むらが元のような欝蒼とした姿になるまでは10年以上の時を要したのです。

この写真は、家の北側の崖から撮ったもので、大規模な工事であることが分かります。この崖は急斜面で小学校時代は友達の人気スポットで、探検ごっこには絶好のワイルドスペースでしたが、神田川との境には柵ひとつなく全くのデンジャラス・スリリングゾーンでありました。おまけに神田川を渡るにも、丸太二本に麻の綱という乱暴さでありましたから・・・。

この護岸工事で崖も削られセットバックして、崖線の素晴らしい景観は一変してしまいましたし、川そのものも天然の雰囲気が消し飛んで、川岸の散歩の楽しみも無くなり、たんなる用水路と化してしまいました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月24日 (火)

1970年代・伊勢丹広告

197005 1960年代から東京山手の中流層に焦点を絞り、比較的良識な感覚のファッションを中心に支持を得てきた伊勢丹ですが、その背景には、自前で構想し、分析し、企画開発するノウハウが重ねられていました。サイズ統計・適正素材選択・機能用途別分類のデータ化・その時代に適した商品構成・売場構成などを研究するセクションをすでに1960年代前半からスタートし、その分野はファッション・リビング・食品のほぼ全領域をカバーしていました。

この写真は1970年代前半のものですが、このような地道な分野でも人間工学を元に長く使えるきちんとした道具設計をしていました。この商品は某メーカーと協同開発でしたが、伊勢丹のみならず、全国の百貨店から地方の小売店まで販売され、伊勢丹はロイヤリティ収入を計っていたのです。

1970年代の伊勢丹は各販売部門とも独自の商品開発に没頭していて、他所の百貨店が取引先依存の仕入れ主体であったのに対し、伊勢丹は『若さとバイタリティ』という錦の御旗で、元気良く地方の産地から世界の産地まで飛んで歩いて商品開発の機会を探っていました。この経験の人脈パイプの蓄積がやがて独自のコンセプトをもった、伊勢丹流の商売のノウハウの源流となり、花咲くことになりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月23日 (月)

Doc Watsonの超絶ギターを目の前で

Bluegrass1301 1976doc_merlewatson11 写真:小森谷信治

1960年代中頃からブルーグラス音楽にのめり込みだしたものの、自分が率先してバンドを結成するほどの意欲もなく、ただひたすら音楽そのものを聴いて、年毎に変化していく音作りや弾き方、和音の取り方に興味がありました。

その頃知ったドグ・ワトソンさんのギターの超絶技法に魅かれ、入手しにくかったレコードを御茶ノ水辺りのマニア系のショップで購入してました。ドグワトソンさんは盲目でありましたが、温和な性格に慕う人も多く、日本で1976年に開かれたアメリカ建国200年記念コンサートにも学生を中心に大勢のドグワトソンフアンが押しかけました。私も何故か舞台の上に立っているのですが、どうしてと云われても全く記憶にありません。

ドグ・ワトソンさんの渋い歌声を通して、アパラチアンマウンテンミュージックの素朴な世界を知った輩も多いでしょうが、私は、都市で様々なプレィヤーとセッションによる、迫力のある楽器奏者としてのドグワトソンさんに魅かれてしまいます。

Doc Watson http://www.youtube.com/watch?v=XdUrg2Cqxdw

                 http://www.youtube.com/watch?v=cqPZbpqGV2M&feature=related

                 http://www.youtube.com/watch?v=LgL11ITUlcA

               

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月22日 (日)

吉田健一・銀座徘徊

Photo写真:文芸春秋社

1966年から2年ほど銀座の山とスキーの店『秀山荘』でアルバイトをしていましたが、ある日の午後4時過ぎ、店の前のすずらん通りを、人力車ですーっと走り抜ける、ロンドン仕立てと思しきダブルのスーツを着こなした、長身の紳士がいました。

この光景を、その後も何度か見かけたのですが、そのあまりにも威風堂々とした姿に、アルバイト仲間と店の自動車を洗車しながら、見とれていました。そのお方が何方かなど知る由もなかったのですが、偶然にも、秀山荘の前で人力車を降り、そのまま他所の店にでも行かれるのかと、思っていたのですが、何と、秀山荘の額縁仕様のウインドゥを覗かれて、にこにこと微笑んでいました。その姿を観ていた店主に「あの方は、吉田茂さんの長男で吉田健一さんという小説家ですよ」と教えていただきました。

この文芸春秋社が保存している写真は、私たちが実際に目にした時代より少し遡りますが・・・、銀座の徘徊達人らしい姿を記録しています。

吉田茂を父・牧野伸顕の長女が母、という家庭に生まれ、幼くして日本・中国・イギリスという東西の、それも一流の空気を吸い、父の姿を観てその反面教師の影響か、文士として、放蕩人として、名作数知れずの名著・随筆を遺しました。その独特の自由奔放な句読点リズムの文体は、なかなかのオフビート感を伴い、真面目な文法家ならば、怒ってしまいそうでもあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月21日 (土)

東山魁夷・欧州からの便り

04 写真提供:芸術新潮

1933年から1935年にかけて、東山魁夷はドイツに留学し、ただでさえ上野の優等生であったその才気に磨きがかかり、ドイツに留まることなく、イタリア・スイス・フランス・イギリス・ベルギーに出かけ、とくにフィレンツェの、ウフィツィ美術館で西洋美術のもつ圧倒的迫力に自らの画家としての資質に関して葛藤していますが、サンマルコ寺院の壁画に日本画にも通じる世界を見出し、自分のできることをやっていこうと決意したそうです。(参考文献:芸術新潮)

ちょうどその頃、家族・親戚にはこのような絵葉書を頻繁に出していて、さらりと万年筆で描かれたスケッチにも、東山魁夷の誠実な気持ちがよく表れています。

葉書や絵手紙は書きなれていませんと、凝縮した簡潔な文案がひらめきませんし、まして、スケッチはスピードが命ですから、なよなよした躊躇い線となってしまい、たった紙一枚の話ですが、生き生きしたメッセージにはなり得ないのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月20日 (金)

1970年代 伊勢丹の力

197009 24 1970年代の伊勢丹は、商品・広告ともに他のデパートを引き離した独自のコード(ディレクション)を持っていて、そのメニューは1950年代後半からのファッション・リビングを中心とした基礎サイズデータと商品分類手法が大元になっていました。揺るぎないファッションリーダーの百貨店としての評価を得る70年代の成長期には、社会変化や世相をも伊勢丹風に味付けした新聞広告と連動したオリジナル商品展開が続きました。百貨店はマーケットインの代表的業界にも関わらず、自らのディレクションを商品化するプロダクトアウトの姿勢には多くのメーカーの賛同が後ろ盾となり、そのエキスはメーカーの自社製品に活かすことにもなったのです。

『もめんと木』というキャンペーンは自然素材のもつ優しさをファッションからリビング・食品にまで縦軸を通した商品政策を以って、打ち出したものです。この家具は檜集成材にサドリン仕上げという樹脂含浸加工を施したもので、ナチュラルで高質なカジュアル商品になるまで、試行錯誤したものです。70年代にジーンズが市民権を得てカジュアルなライフスタイルが台頭し、週休二日制の浸透などによる明るい都市生活を表現した広告と商品連動の好例であります。

コピーライトは今年亡くなられた土屋耕一さん、デザインは小島良平さん(お二方とも当時、ライトパブリシティ)。

今観ると、この伊勢丹のマークとロゴが却って新鮮ですし、余白の間の取り方も絶妙です・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月19日 (木)

WA・BI・SA ヨックモックの和風菓子

Rimg24346 今では、ちょっとしたお使い物などでは全国に知られるヨックモック http://www.yokumoku.co.jp/ ですが、登場した頃はその斬新なセンスで既存の安心しきっていたメーカーをあっという間に排除するがごとく、高級志向の百貨店に浸透していきました。

今では、すっかりボリュームゾーンになった感のあるヨックモックが、何故か和風の路線を打ち出し、流行モノが気になる私も購入してみました。WA・BI・SA http://www.yokumoku.co.jp/wabisa/index.html というブランドにはサクサク系の香ほろん・カステラケーキ系の香ふわり・手だてプリンという三つのラインの和風菓子がありますが、取りあえず、色取りの美しい香ほろんを選びました。美味しい日本茶を準備していただいたものの、まぶした粉には味の深みがなく、中のクッキーの触感が単調で、和菓子の大店と真っ向勝負するにはまだまだといったところでしょうか。和三盆・黒糖・抹茶・紫芋・きな粉・苺という夫々の味に分けられた袋を開けるときれいな粉が落ちていて、せっかくの勝負どころが散々であります。試行錯誤を重ね、徹頭徹尾、風雅な姿に相応しい触感と味を望むばかりであります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月18日 (水)

洋梨も夫々・・・。

Rimg24364 先日、LOFTで気まぐれに購入してみたMOLESKINEの水彩画帳の紙質の吸込みが、ことの他、気に入ってます。硬からず、柔らかすぎず、といった紙自体が250g/mxmとこのサイズではかなりの厚めですから、水彩と色鉛筆を併用すると思わぬ効果もあり、しっかりと描きこみができます。

さて、やや時期は遅いのかも知れませんが、今年は安価な洋梨が出回っていて、よくいただきますが、銀座・千疋屋でみた立派な洋梨とは比べ物にならない細身のボリュームです。そこが絵のもつトリッキーなところで、細身を前に、記憶にある千疋屋の堂々とした洋梨を描いてしまいました。MOLESKINEの吸込みが比較的弱いので、硬い表現を好む方にはピッタリかも知れません。ハードなカバーの御蔭で、散歩がてらのスケッチでも描きやすく、ひとつ、楽しみが増えたというものです・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月17日 (火)

東京オリンピックのピクトグラム 

Trade_mark_simbol220_2 ピクトグラム 
~リュディ・リュエッグ
~ 


ピクトグラムは絵である。

言葉のない絵である。

タイポグラフィーを伴わない。

世界中で通用する 

人が理解できる絵である。

どの国から来た人にも 

どんな言葉で話す人にも 

道案内の役に立つのがピクトグラム。

状況を理解するのにも役立つ。 

適切な行動をとるにも役立つ。

ピクトグラムは規律を与える。

ピクトグラムは混沌となりがちな空間に秩序を与える。

1964年、東京オリンピックで使われたピクトグラムは、その斬新なアイコンが国籍を超えて、ひと目で認識できる素晴らしいデザインでした。日本には家紋・印半纏・旗指物など、古くから、グラフィックデザインのエキスが巷に馴染んでいましたから、このような優れたデザインが誕生したのでしょう。勝見勝氏を棟梁として、亀倉雄策・田中一光などのスターデザイナーが視覚伝達部門を、聖火台・聖火トーチなどのプロダクトは柳宗理等が担当し、日本の総合デザイン力を世界に発信する絶好・最高の機会でもありました。その後、日本のグラフィックデザインの評価はデザイン先進国も認めることとなり、日本デザイン界、とくにグラフィックデザイン・黄金の1970年代に突入していきます。

私はこのオリンピックでは、何といっても自転車ロードレースを観ることが愉しみで開催日が待ち遠しく、わくわくしていました。この頃は週末となれば東京サイクリングセンターで購入したランドナー兼キャンピングタイプのTOEIブルーバードで郊外に出かけていましたから脚力には自信もあって、高尾の会場にも自転車のいろはを教えてくれた有吉さん・沼さんにくっついていきました。初めて観たレース会場には、参加国のブースが縁日の屋台のように並んでいて、きれいなジャージに見とれ、最先端のロード用自転車に感嘆し・・・、と観るものすべてがデザインの参考書のようなものでした。この頃からデザインの世界に向かいたい気持ちがありましたが、東京オリンピックのピクトグラムが世界のデザイン史的にも革新的だったことなど全く知らず、専ら、単純な自転車少年でありました。19642 19644

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月16日 (月)

安西水丸さんのスタンス。

Rimg23941Rimg24420  最近手にした雑誌に立て続けに登場した、安西水丸さんのイラストエッセィなどは、久しぶりのオヤジの癒し随筆となっていて、水丸さん独自の町・街考現学のスタンスは相変わらず冴えています。

一冊は『青山時間』という雑誌で、青山界隈のショップに置かれていますから、目にされた方もいらっしゃるかと思います。新潟・長野・富山・ロンドン・鳥取・鹿児島・奈良に出張したときのスケッチ日記ですが、簡潔ながらつぼを押さえた文脈にはいつも頭がさがりますし、理屈っぽくない内容は名うての隠れ文人としての品格があります。

もう一方の『藝術新潮』は「京都千年のタイムカプセル・冷泉家のひみつ」特集で、国宝級の書が満載され、その美しさに改めて目が覚めます。古典の典型を見つつ、ページを捲ると、ここにも安西さんの「安西水丸さんとゆく南青山裏道さんぽ」が、たっぷりと掲載されています。水丸さんも大の自転車大好き小父さんですが、性能・機能にそれほど拘ることなく、街に溶け合った静かな姿の自転車をお好みです。水丸さんは歩きの達人でもあり、とくに、青山・赤坂界隈に関しては永く暮らしていることもあり、その全てを丸暗記されてるくらい、表現が微にいり細にいり、その街の片隅のカケラひとつさえも見逃さない視線の動きは、「老けづくり」の名人とは思えない鋭さなのです・・・。安西水丸さんの描く、柔らかいモダンなイラストレーションのような特集でしたから、このクラシック中心の号の中で、オアシスのような一服の清涼感を味わいました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月15日 (日)

銀杏ご飯とカゥボーイソング

Rimg24357 古来より東西文化の自由な組合せを得意とする日本人ですが、今や、それも都市においては材料も自由に入手できますから、神経を尖らせてませんと、単なる、ごった煮文化で終ってしまうのが哀しい結末です。

この秋は、何となく暖かな陽気が続き、いまひとつ、落葉の色にもメリハリのない鈍い色調となっているようですが、この時季のお愉しみは何といっても旬の食材をシンプルな混ぜご飯にしていただけることでしょう。

栗・銀杏・柚子・里芋など、どれも美味しくいただけますが、こんな上等な雰囲気に馴染むのは、懐かしい小学校唱歌と思いきや、カウボーイソングもなかなかご機嫌な彩りを添えてくれます。マイケル・マーフィーとドン・エドワードとのデュエットなどは http://www.youtube.com/watch?v=qaAoJ5Mn3VU 堪らない男の寂しさがこんこんと染み渡り、家の椅子に座りじっと目をつぶると、ローハイドのウェーバーさんの境地であります・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月14日 (土)

挿絵の極意例

209 E.H.SHEPARDさんhttp://www.asahi-net.or.jp/~KA3I-MZTN/shepard.htmは熊のプーさんの挿絵でお馴染みですが、他にも優れた挿絵を描かれています。

熊のプーさんの著者、A.A.MILNEhttp://www.asahi-net.or.jp/~KA3I-MZTN/clpomiln.htmの息子、クリストファー・ロビンの生活を描いたNow We Are Sixというタイトルの本にも数多くの挿絵がありますが、この一瞬を捉えたデッサンなどはイギリス的なペン画の特長がみごとに出ています。筆圧の微妙なコントロールでのみ表現が可能な線の太さが生きているような空間を描写しています。

風邪でもひいて、咳き込んでいる一瞬ですが、枕といい上掛けといい上等な寝具であることさえ読み取れるのは,達人技であります・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月13日 (金)

街道の姿はこうでした。

Photo 父の友人でもあった藤本四八氏が撮影した、旧中仙道の最初の宿場・馬籠の50年前の写真です。

街道も舗装前ですから整備されてなく、江戸時代と何ら変らない様子が分かります。舗装道路に馴れきってしまった現代人ではちょこっと歩いても直ぐ、捻挫をしてしまいそうな街道の姿です。この後、しばらくすると、日帰り観光バスが頻繁に来るようになり、街道も整備されて、農業一辺倒だったこの地の住民も観光業に歩調を合わせるように、民宿経営の副業が大流行となっていきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月12日 (木)

ユニクロの紙袋が思わぬセンスに・・・。

Rimg23961 家族の一人がユニクロでインナーを買い揃え、容れてくれた紙袋が玄関脇に置いてあったので、よく観ると水木しげるのキャラクターでした。パリオペラ座付近に開店した記念のものと、ユニクロ・水木しげるプロダクションとのコラボ企画によるTシャツ企画を記念したゲゲゲの鬼太郎の二点ですが、今やパリでは「水木しげるの漫画には浮世絵の影響もある・・・」などと相も変わらずの美術評論が一人歩きの様相を呈している結果なのでしょうか。

インパクトのあるこの紙袋は、今日の表参道や渋谷界隈でもけっこう目立っていて、意外にも、水木しげるの力量のなせる業か、騒然としたスクランブル交差点でも埋没することなく、しっかりとその存在力は街に光彩を放ち、なかなかのものでありました。

『怖いけれど可愛い』という二律双生をみごとにやってのけた水木しげるさんは、極限の戦争体験の中から多くのインスピレーションを霊感のように受け取り、今でもその時の様子が色彩を以って思い出すそうですから、小手先だけで乗り切っているその辺の漫画家とは、筋が違うのでありますね・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月11日 (水)

PURE COUNTRY 1960年代・アメリカの内陸風俗

Rimg24349 Rimg24355メンズファッション界にあり、30年の長きに亘りマイペースなものづくりと自分の嗜好を崩さず 、多くの熱狂的顧客を持つブランド・TUBEの斉藤久夫さんが、ある雑誌の隅にこっそり書いてあったコメントを見逃さず、メモしておきました。

齋藤さんは音楽界のライ・クーダーのように世界の風俗・歴史などを探求しながら、アメリカントラッドを隠し味にしつつも、今風のスタイリングを織り込むあたりが、どうしても昔帰りに安心感を求める世代に「それじゃあ、老け込むいっぽうだよ」などと、警鐘を鳴らしてくれます。

さて、その斉藤さんがデザインのリソースとしてこの本を推薦していました。『PURE COUNTRY』というタイトルの本で、中身はずばりテネシー州・ケンタッキー州辺りで開催された1961年から1971年にかけてのカントリーミュージックライブの様子で満載です。出演者は無論のこと、観客や会場に至るまで、比較的見る機会の少ない記録写真が多く、これはまさに、メンズファッションの隠し味のネタ本といってもよいでしょう。Rimg24351 Rimg24352 今もそうですが、この時代のアメリカの田舎ではカントリーミュージックのライブやフェスティバルが労働から解放される週末の大きな楽しみでしたから、写真からもその天真爛漫でちょっとぬけた感じがよく表れています。今では都市と地方が風俗から情報までかなりの分野で均一化されたものの、この時代は全く異なる風俗文化が活き活きとしていた証しとして、このような本の役立つところがあるのです。

この時代のものばかりではありませんが、カントリーミュージシャンのちょっとぬけた雰囲気とはこんな感じなのです・・・。

June Carter http://www.youtube.com/watch?v=hLFfHRTA9mc

Earnest Tub http://www.youtube.com/watch?v=I9GTKJrLgYc

Roy Acuff http://www.youtube.com/watch?v=ZXLsmV8-apg

George Jones http://www.youtube.com/watch?v=Ggkrk5InCR0

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月10日 (火)

1959 国立競技場

1959 この前の年に完成した国立競技場に、小学生総動員で出かけたときのスナップです。何の競技会であったか、記憶がありませんが、ビッグイベントであることは間違いありません。

この時代に大流行した初心者向けの二眼レフ(YASHICA FLEX)を使って撮影したものですが、今も鮮明なのには驚きです。小学校6年生ともなると、体形も千差万別となり、男子よりも背丈が高い女子が目だった頃でもあります。

こちらを見ている体育担当・松田京子先生は、いつも明るく、びきびしていたので、男子にダントツの人気先生でありました。学園創立者・中村春二先生の質素・堅実を旨とする渋い校風の中に、明るく元気なお姉さんのような先生が入って来たわけですから、これも時代の流れであったわけですね。

この年以降日本は元気良くなり、黄金の60年代と呼ばれる時代を迎えます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 9日 (月)

虎屋の変遷

Rimg23986 東京ミッドタウンにある虎屋は、その企画展が売場の隣にありながら、絶妙な距離をおいていて、お互いに干渉せず、バランスがとれています。今、「とらやのしるし展」が開かれていて(本日9日まで)、とらやのシンボルである虎のモチーフから鐶虎と呼ばれるシンボルマークまでその展開がコンパクトながらきちんとした展示がなされています。また、パッケージにみられるとらやのお菓子には戦前のゴルフ最中や現在の竹皮に包まれる以前のしっかりした紙箱の羊羹など、大店らしい、現物資料の保存の素晴らしさに感心いたしました。

案外、自社商品を維持管理するところが少ない製造業の中、虎屋のこうした企業ポリシーこそが、日本の誉れの所以であり、生きた風俗史であります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 8日 (日)

高岡古城公園の秋

Rimg24259 Rimg24248 5日、仕事で富山県高岡市に行きましたが、東京よりむしろ温かい穏やかな陽気にはびっくりしました。

往きの北陸新幹線は氷見の魚料理がパッケージになっている民宿に泊まるお客さんの団体がぎっしりと居て、そのお元気な様子に独り旅の私は、座席に埋もれるように小さくなっていました。日本全国どこの観光地もグルメを組み合わせた企画が多いようで、東武鉄道などは日光往きに懐かしの洋食を車内限定販売するなど、ますます、芸の細かさが要求されているようであります。

翌日、愉しみにしていた昼食は『居酒』に出向き、100パーセント新蕎麦だけのせいろに薫りのすばらしさと、とびうおが主の出汁に感嘆の声をあげ、満足でありました。食後、隣の高岡古城公園に向かいました。高岡の紅葉は例年11月下旬だそうですから、まだ色付いている木々も多くありませんでしたが、お堀に近い場所の一角は、樹木に反射する風紋が秋の風情を演出してくれました。

残念ながら、本ズワイ蟹の解禁日に当たる6日に帰京せねばならず、大いなる落胆を以って、帰路に着きました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 7日 (土)

こんな世界に思わず引き込まれてしまう・・・。

Rimg23353 新製品にドキドキするのはAPPLE社かダイソン社にまかせるとして、ほっとしたり、微笑んでしまう類のものは、どうしてもヴィンテージ系の雑貨に軍配があがります。

一時のアメリカン・スーべニールの人気も、国家の栄枯盛衰とかかわりあるのか・・・、最近はぱっとしないようで、それに代り人気沸騰なのがフランス・イギリス系の雑貨のようです。丸の内にあるLIPSETT http://world.jp/brand/lipsett/m/は村松周作さんと山口淳さんとのこだわりタッグにより、極めてマニアックながらカジュアルで今風に仕立てられたメンズファッションの牙城ですが、私には、この店内の其処彼処に展開されている小物のセレクトスタンスが、度々訪れる誘惑の源でもあります。

LIPSETTは旅をテーマに素材と機能にこだわり、もちろん、トラッド・アイビーを知り尽くした上での遊び心ふんだんな洋服は細部の処理、まとまりがご機嫌で、その上お値段もさほどでなく、洒落すぎない寸前で収めてあるスタイリングが誰もを魅了し、買わずに観ているだけでも、20世紀初頭の追憶の情景が浮んできます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 6日 (金)

1960 父のスナップ・神田川周辺

1961 Kugayama 6194701父が自宅の玄関側から北の方角を撮影したスナップが、大学ノートに挟まれて出てきました。挟まれていたページの日記の日付から1958年の晩秋です。

手前の雑木林は井の頭公園からずーっと高井戸方面まで繋がっている崖にあって、北に向かい急な斜面でしたからこどもにとっては絶好の遊び場で、休みともなれば同級生が遊びに来て、戦争ごっこに明け暮れていた場所です。気をつけないと、崖からいきなり神田川にどぼーんでしたから、子供たちの怖さを知らない暴れっぷりにハラハラしていた父は、遊びが終るまで監視の役をしていました。その先には収穫の済んだ田圃が延々と広がり、風にあおられて動く稲穂の波のような姿は毎年の風物詩で、近隣の散歩マニアの隠れスポットでもありました。この崖を降り、富士見が丘方面に向かうとカタクリの群生地があって、春になると、ここも、草花マニアで賑わっていました。写真では分かりにくいのですが、ぼんやりとした直線部分が井の頭線の線路で、車窓からは神田川と崖線の春夏秋冬の移ろいを愉しめました。残念なことに、1970年頃の台風、神田川が氾濫して、この水田が全滅し、井の頭線の操車場となり、現在に至っています。

このような場所で生まれ育ったわけですから、普段から自然環境と直接触れ合うことが出来、その後、華々しくも寿命の短い都市生活に関わる商品企画・販売・宣伝の仕事に没頭しても、家に帰るとこのような長閑な環境があったことは、精神的にもストレスが収まりバランスが取れていたわけで、今となっては贅沢の極みでありました。

1947年の米軍が撮影した航空写真と父が撮影した1958年では環境に変化はありませんが、現在のグーグルと比較すれば神田川流域の変化の激しさがお分かりかと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 5日 (木)

ちょっとしたことなのですが・・・。

Rimg23809 早朝の表参道から少し奥に入ったショップのウインドーですが、売りたい商品や見せたい商品のメッセージは何も観る側には届いてませんが、この額で思わず覗いてしむところなど、ディスプレーを担当している方のセンスに脱帽気味であります。おまけにこの額、本物ではなくどこからかコピーして貼りつけたものですから、クラシックな指向のお客には納得いかないものの、若い世代の感性には近づいているテーストがあります。

ささいなことではありますが、このようなインスタレーションもどきの小技であっても、なまじっか適当な商品を無神経に陳列されるよりは、心が和んでしまいます。それでも、この空間の中での配置にはそれなりの苦心があったようにも受け取れ、今後も同じレベルのインスタレーション風が継続されんことを願うばかりであります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 4日 (水)

ケアンテリア便り・砧公園も秋深し・・・。

Rimg24004 Rimg24028 この時季の駒沢公園は11月8日に開催される世田谷ハーフマラソンに向けて、着々とトレーニングに励むランナーが一層増えて、早朝から周回ランニングコースはランニングというよりもウォーキングレベルのスピードしか出ていない感があります。

混んでいる公園を良しとしない性分なので、砧公園まで家族の自転車にケアンテリアの「プリン」を乗せて出かけました。砧公園も駒沢公園と同様に以前はゴルフ場でしたが、駒沢のようにコースを整地してしまう愚挙などせず、以前のままなのが嬉しいのであります。

人出も少ない時間でしたが、かなりの寒さに日陰ではちょっとの時間でも冷え切ってしまう状態でしたから、陽射しの確保できるベンチとテーブル席を確保し、「プリン」はさっさと大好きな人間観察に集中し、こうなると何を言っても聞こえぬふりです。枯葉も地面に吹寄せ状態で、まだ紅葉までは早いのですが色付き始めた樹木もあり、久しぶりの野外スケッチとなりました。時おり、パラパラとテーブルに舞い落ちる葉が按配良くスケッチブック周りにレイアウトされ、そこで一枚・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 3日 (火)

ひたすら整然と・・・。Missoni

Rimg23592 セレクトショップの大多数は、その店が確固たる自信をもってメッセージ発信してるところがなく、極論すれば隣のショップと同じ商品が並んでいる・・・、などの間抜けなことが多いのが現状のようです。

その点、自ら考え・作り・商うことのできるブランドは多少の差はあれ、独自性が明快なのは当たり前なのかも知れません。例えばこのMISSONI、http://www.missoni.com/ing.html

テキスタイルの世界に新機軸を打ちたて永い年月がたちましたが、往時の勢いは褪せているものの、まだまだ、素材開発にも、色彩設計にもMISSONIのテーストがしっかりと根付いています。この写真のような単純な展開でも、各々がしっかりした職人によって作られたものだけに、柔な一過性の消費に終らない、作り手の誇りが写ります。

しかしながら、ファッション界のみならず、世間の趨勢はデフレスパイラルに陥り、多くの分野で低価格・高回転ばかりが跋扈し、このままではひとつのブランドだけが勝つだけで、残りは衰退し、結局は全体が地盤沈下してしまうのも明白なようですから、MISSONIのようなプロダクトアウト系の誇り高いブランドには辛抱していただくしかなさそうなのも、哀しい話であります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 2日 (月)

ブルーブラックな光景

Src_150405071 太平洋側の夕方の海は夕陽を浴びて、美しいセルリアンブルーの色がシックな暖色へと変わり、元気と健康を象徴するかのごとく、メッセージを貰うのですが、それが日本海側の夕方ともなると、一変して暗い深みのある漆黒に近い色味となって、凄みさえ覚えることがあります。北陸の海辺沿いを走る列車の窓からこの暮れ始めの海を観ながら東京に戻るときなど、同じ時間帯であっても太平洋側を走る新幹線とは全く違う印象を受けるのですから、生まれ育った環境によりその人のどこかに気付かぬ影響が深く沁みこんでいるに違いなさそうであります。

このイギリスの海辺の写真を観ていても、北陸のそれと同じような印象があって、まさに、ブルーブラックのインクそのものの色調が、堪らないLonesome Feelingを奏でています。http://www.youtube.com/watch?v=_PXNPJqj448&feature=related

http://jp.youtube.com/watch?v=EJTbDLLFMOg&feature=related

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 1日 (日)

デュフィの素描

Dufy16 室内装飾家として、多くの壁紙の装飾図案もこなしていたデュフィですが、方や、このようなシンプルな素描も遺しています。

デュフィの自宅兼アトリエで描かれたと思しきペン画には、素早く描いた筆勢が優雅な印象のデュフィとは相反する感性を表現しています。おまけに、線の動きに伴い出来たインクの溜まりさえも、あたかも、全体とのバランスを計算つくしたような位置にきちんと収まっているところなど、偶然中の奇跡としか、いいようがありません。さらに、ヴァイオリンを弾くモデルの立ち姿の重心は一寸の狂いもなく、さらっと仕上げたかに観えるこの作品にもデュフィの神経張り詰めた緊張感が伝わって来そうであります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »