東京オリンピックのピクトグラム
ピクトグラム
~リュディ・リュエッグ~
ピクトグラムは絵である。
言葉のない絵である。
タイポグラフィーを伴わない。
世界中で通用する
人が理解できる絵である。
どの国から来た人にも
どんな言葉で話す人にも
道案内の役に立つのがピクトグラム。
状況を理解するのにも役立つ。
適切な行動をとるにも役立つ。
ピクトグラムは規律を与える。
ピクトグラムは混沌となりがちな空間に秩序を与える。
1964年、東京オリンピックで使われたピクトグラムは、その斬新なアイコンが国籍を超えて、ひと目で認識できる素晴らしいデザインでした。日本には家紋・印半纏・旗指物など、古くから、グラフィックデザインのエキスが巷に馴染んでいましたから、このような優れたデザインが誕生したのでしょう。勝見勝氏を棟梁として、亀倉雄策・田中一光などのスターデザイナーが視覚伝達部門を、聖火台・聖火トーチなどのプロダクトは柳宗理等が担当し、日本の総合デザイン力を世界に発信する絶好・最高の機会でもありました。その後、日本のグラフィックデザインの評価はデザイン先進国も認めることとなり、日本デザイン界、とくにグラフィックデザイン・黄金の1970年代に突入していきます。
私はこのオリンピックでは、何といっても自転車ロードレースを観ることが愉しみで開催日が待ち遠しく、わくわくしていました。この頃は週末となれば東京サイクリングセンターで購入したランドナー兼キャンピングタイプのTOEIブルーバードで郊外に出かけていましたから脚力には自信もあって、高尾の会場にも自転車のいろはを教えてくれた有吉さん・沼さんにくっついていきました。初めて観たレース会場には、参加国のブースが縁日の屋台のように並んでいて、きれいなジャージに見とれ、最先端のロード用自転車に感嘆し・・・、と観るものすべてがデザインの参考書のようなものでした。この頃からデザインの世界に向かいたい気持ちがありましたが、東京オリンピックのピクトグラムが世界のデザイン史的にも革新的だったことなど全く知らず、専ら、単純な自転車少年でありました。
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