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2009年12月31日 (木)

ケアンテリア便り 2009・今年も・・・。

Rimg21735copy 今年で15歳を迎えた我家のケアンテリアのプリンです。ドタバタ続きの我家と共に付き合い、この犬種独特の賢さと愛くるしさに家族は癒されて来ました。

今年は散歩のときの歩くリズムがゆっくりとなり老齢化現象は観られるものの、人に優しく、犬には厳しい性格は相変わらずで、まだまだ現役のプライドはしっかりとしています。

来年もこの国全体の悲観論ばかりが跋扈していますから、せめて、犬との対話をより多くして、犬から元気をいただく気持ちであります。

皆様、来年も宜しくお願いいたします。

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2009年12月30日 (水)

利休箸

Rimg20075 新年を迎える準備は毎年の締めとして、欠かせないものですが、最近は、引き出しに数年に亘り、溜まってしまった「何となく、もったいない」モノを整理して、破棄することが多くなりました。

特にキッチン周りは、細かい専門の器具・道具・雑貨が圧倒的に多く、皆さんもその整理・整頓にはその家独自のノウハウをおもちでしょうが、我家は、ただひたすら、成すがままの状態であります。

昨日、キッチンの最上段引き出しを開け、つくづく呆れたのが、割り箸であります。おそらく百膳以上はあるでしょうが、そのあまりに情けない状態を打破せんと思いすべて取り出し、工作の材料にしようかと考えています。そうして、上から二段目の奥を整理していると、今度は、未使用の立派な利休箸が包装紙もきれいなまま登場してきました。

いつ購入したか記憶に定かでありませんが、秋葉原・箸勝http://www.hashikatsu.com/のラベルがはってあることから、この店に行った記憶を辿ると10年以上経過していました。50本入りのものですが、これをきちんと使い切るように考えなくては・・・、と思った次第です。

利休箸の姿はインターナショナルで美しく、その無駄のないカタチはニッポンデザインの雄でもあり、これ一本でほぼ全ての料理を裁くことができる日本人の食生活文化は、類稀なのであります。

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2009年12月29日 (火)

丸の内・銀行倶楽部

Rimg5954 現代ビルの無機質な外観に囲まれて、却ってその美しさを際立たせている丸の内銀行倶楽部の今の姿であります。

ここはよほどのお方でなければ入れないのでは・・・などと思われている皆さんも多いと思いますが、東京會舘が運営する結婚式やレストランで意外と穴場的存在なのです。中に入ると重厚な外観とはうって変わり、その外光を十二分に採りいれた雰囲気に先ずはびっくり・・・であります。

三菱一号館も、9月3日には威風堂々な姿の内部も公開され、この辺りもようやく歴史・文化に配慮する三菱トップ陣の英断で、飛び飛びでありますが落ち着きが戻って来ました。

この日比谷通りの明治から昭和にかけての美しさは、お堀の鏡面のような輝きを伴って素晴らしいものでありましたが、わけも分からない日比谷交差点の某ホテルのような無教養な外観の物件が林立して、メチャクチャな状況となってしまいましたから、此処は先ず、三菱グループのセンスの底力を願うのみでありますが・・・。

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2009年12月28日 (月)

広重・浅草金龍寺

Photo_2 広重の浅草はすっかり雪に覆われ、白銀と朱の対比が眩いばかりです。

浅草寺の雷門はこの絵が描かれた1856年(安政3年)から9年後の1865年(慶応元年)に消失し、その後、1960年(昭和35年)まで再建されなかったそうですから驚きです。この間、様々な仮説門が建てられ、明治後半には日露戦争戦勝記念として、まるで凱旋門のようなミスマッチな仮設門が見られたそうですから、いつの時代も為政者の感性の欠落は大問題なのです。

仲見世通りも今のような店ぞろいにはなっておらず、ただ信仰一筋の世界が見えるばかりであります。

そして、この画面における白と朱の色量のバランスと構成こそが広重の真骨頂であり、ほかの誰もが真似ることの出来ない到達世界です。

今年もまもなく・・・であります。

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2009年12月27日 (日)

ささま・春の先取

Rimg25547 年末の神田散策ほど愉しいものはなく、他所の街では観られない店主同士の今年の総括会話にも、江戸っ子の伝統・先達からのオーラが伝わっているのか、その楽観的思考と小気味よいリズムに傍耳を立てられるだけでも、嬉しいのであります。

柏水堂裏のこじんまりした画廊http://www.hanga-do.com/から、すずらん通りの老舗http://www.bumpodo.co.jp/gallery/gallery_index.htmlに至るまで、今年は皆さん新年の準備にとりかかるピッチが早いので、お邪魔にならぬよう、ささまhttp://www.sasama.co.jp/top.htmlの暖簾をくぐり、春の先取りの一品などをいただきました。

この潔い造形の梅は、他所の店でも展開してますが、ささまのような花びらの豊かなソフト感には到底及びませんし、花芯とのみごとなコントラストを表現できる職人さんの手業にはいつも感嘆・・・、なのであります。

続きを読む "ささま・春の先取"

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2009年12月26日 (土)

佐々木悟郎さんの水彩

Shrine1 Enforced24hours1 City1写真以上に時間と空間を封じ込めた技法では真似の出来ない、佐々木悟郎さんの水彩画には、カジュアルな軽さがあっていつも清清しい気分にさせてくれます。

佐々木さんの水彩画技法は、水の制御に特徴があってその瞬間芸のような技には、アスリートセンスさえ漂います。

多くのCDジャケットや本の装丁を通し、この独特な色調と混色に魅せられた佐々木派と呼んでも差し支えなさそうな人たちは、さほど多くない展覧会を楽しみにしている筈です。既に二冊の水彩画技法に関する本を出され、一子相伝レベルの技を公開していますから、読み物としてもなかなか面白いものがあります。

みづゑのレシピ 水絵を描く 佐々木悟郎―水彩で描き続けて20年、第一線で活躍するプロの制作過程すべて公開 Book みづゑのレシピ 水絵を描く 佐々木悟郎―水彩で描き続けて20年、第一線で活躍するプロの制作過程すべて公開

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2009年12月25日 (金)

1962 遠泳 大瀬崎

196201 中学3年の大瀬崎・夏の学校のハイライト、遠泳大会は、水泳技術の確かさと度胸の強い者だけに許されたビッグイベントでありました。

私は根っからの水泳嫌いでしたから、当然、遠泳大会参加資格に合格するわけなどなく、ひたすら、彼等の勇姿を一部始終見続けることしか、ありませんでした。

たしか、遠泳距離は一キロだったと記憶してますが、私にとってその距離は到底イメージできるものでなく、全くの別世界でありました。写真を観ても、泳ぎ終えて海岸に戻ってくる諸君には疲労困憊のようすが観えます。手前の師範は点呼による、完泳者の確認であろうかと思いますが、万が一、生徒がいないとなれば、たいへんなことですから、必死の形相なのです。さらに、海岸に設営された焚き火の暖かさに暖を取る生徒の中には、冷え切った体を丸めている小林君の姿もあります。小林君はその後、高校、大学と学園のラガーマンとして活躍され、その剛毅な勇姿にはこのときの哀しげな姿など、微塵もありませんでした。又、左手前に堂々たる腹筋正面姿を見せる中村さんは、この翌年のサイクリング部設立の合宿で、群馬県渋川から山梨県小淵沢まで一緒に走破した仲間です。

こうして、この夏が終るとほんの2ヶ月あまりで身長が10センチほど高くなった生徒もいて、当然変声期もピークとなり、男子は徐々に大人っぽくなっていきました。

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2009年12月24日 (木)

ノーマン・ロックウェルの職人芸

Nr3 ノーマン・ロックウェルは達者なイラストレーターとして、世界中に多くの信奉者が潜んでいますが、かなりのキャラクターグッズがあったりと、それを良しとしない輩にはつるし上げの代表者でもあるのです。

Homecominngと題されたこの作品は1948年に描かれ、画面の皆様は全員がノーマンロックウェルの親戚ご一同様でもあります。クリスマスに帰郷して、自宅に戻った一瞬の嬉しさをまるでカメラのように捉えていますが、その通り、この画面の何人かは事前にノーマン自ら撮影して、表情のディテールを揺るぎないものとしています。

パイプをくわえたノーマン・ロックウェルのキャメルジャケットにダンガリーシャツと蝶ネクタイ・・・、あの懐かしいアイビールックの手本のような姿ですし、ラベルに挿されたクリスマスのモチーフなどまったくの、私好みであります。

画面全体を埋める夫々の表情がアメリカ東部の良識的守旧派の生活観に表れ、この後しばらく続くアメリカの栄光の時代を予感しているようにも観えます。

そういえば、カントリーミュージックを聴く客層の表情は今もって、この皆様とさほど変っていませんね。http://www.youtube.com/watch?v=yzzqhaLl_8w

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2009年12月23日 (水)

街に飛び出すモノ。

Rimg24094 Rimg24729 Rimg24730 デフレ・デフレと叫び続けられる経済状態は止まるどころか、ますますの勢いを増し、短絡目には嬉しい次第であるものの、めぐり巡って、自分の生活にも影響大であることを忘れがちであります。

たまには、美しさとか凛とした、に対する視点を忘れ、こてこてのモノ寄りのアプローチを観察していました。ご存知、渋谷駅前・三千里薬品をはじめ、薬のセイジョー、フランチャイズの自転車屋などなど。ご時勢に関係なく価格表示のビジュアルも以前に較べれば見やすく分かりやすくなっているものの、公開空地ぎりぎりまで商品の塊が溢れています。ポス管理になって以降、売れ筋単品アイテムばかりが展開され、関連アイテムやら、コーディネートアイテムやらが消え失せ、そこにあるのは物品の入替だけでやがてロボットがうって変わる時代となるのでしょう。

毎日散策する商店街の清潔感と美しさは、各商店街組合が音頭とらずして復活なし・・と思うのは私だけでしょうけど・・・。

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2009年12月22日 (火)

明るくなった 桐生・芭蕉

Rimg25314 Rimg25310 Rimg25325 Rimg25329 Rimg25331 桐生市・大川美術館http://www.kiryu.co.jp/ohkawamuseum/default.htm に出かけ、故・大川栄二館長追悼展『再考・幻の画聖たち』を観て、個人の収集ながらその独自の審美眼を貫徹した姿勢に改めて、感激しました。同行した銀座ヒロ画廊・藤井万博氏と、学芸員・小此木さんとの打合せを済ませ、久しぶりの「芭蕉」で昼食としました。此処は1937年開業、初代小池魚心氏が全て手作りされた店で、1953年に棟方志功氏に壁画を依頼したものの、小池さんと棟方志功さんとの感性の違いから小池さんは壁画を密封し、昨年、ご子息が棟方志功さんの壁画を眠りから覚まさせたことで、新聞にも大きく報じられました。

昨年の10月に訪れて以来でしたがhttp://sohske.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-1f67.html、採光を含め明るくなった店内は、以前の雰囲気のお好きな皆さんには、軽くなったと思われそうですが、却って、魚心さんの手作りの工程が見える細部は以前より格段と増えました。一人の男がとことん拘りぬいて作った執念の剛毅な空間は、明るさとの共演により、今風気配が誕生したとも観れます。

余談ですが、芭蕉の別名は馬小屋とも云われ、銀座に芭蕉の大フアンであった佐藤敦子さんが女将の、『馬小屋』という馬術に関わる皆さんのたまり場の店がありました。その店は既にありませんが、入っていたビルの跡地はアバクロンビー&フィッチとなっています。

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2009年12月21日 (月)

正岡子規の日記

2_9 日記をつける習慣は、ある時代までの大人にとって当たり前のことでしたが、今や、デスクトップ・ダイアリーとしてのブログがそれに変わりつつあるようですね・・・。

私は小学校の6年間、ほぼ毎日、日記を付けることが義務でしたから、当時はたいへん辛い思いをしたものですけれど、今、日記を読みかえすと、その頃の状況が、さっと蘇ってきますから、ありがたい事と思っています。

この正岡子規の日記は、和綴じ本に墨で書かれたものですが、絵にも卓越した才能をもっていた子規の本領発揮で、いたるところに挿絵風の水彩画が日々の記録に彩をそなえています。

日記をつけだすと、パソコンで鈍ってしまった文章構成力以外に、コラージュを入れたり、今では、チケットや領収書なども差し込んでみれば、一人ひとり独自のアートブックと化するのですから、日記が密かなブームというのにもうなづけるような気がいたします。

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2009年12月20日 (日)

鉄瓶・強くて美しい!。

Rimg12104_2 所謂、『ニッポンのカタチ』などの豪華本に、必ずといってよいほど登場するのが、この鉄瓶です。

主に岩手県と山形県で作られていますが、山形県の鉄は岩手県よりも粒子が細かく、結果、造形的にも美しく、又、お茶の味も微妙な差が生じ、茶釜など茶道を中心とした分野では人気が独占状態です。方や、岩手県は量産を中心とした日用品から雑器に至るまで、幅広く商いしているのが大まかな概要でしょうか。夫々のあるべき姿の方向性の違いが、今も連綿と続き、全国の釜師の皆さんも、上手くこの二県の素材を使い分けしているのが、現状のようです。

さて、この山形の鉄瓶は力強い造形と機能的な各部分のあしらいが、独特のコントラストを生み、その様子からも活力のある生活があった時代を彷彿とさせてくれます。

不思議なもので、鉄瓶でいれたお茶は、こうも違うのか!、と驚くほどであります。鉄の成分とお茶の成分との微妙な相性がから生まれるものとはいえ、これほどの味わいに差がでてしまうと、二度と陶磁器でお茶をいれることなど、論外・・・、となってしまいます。急須でも同じことが云え、普通の雑貨屋あたりで売っている鉄の急須でも、味の違いは明瞭です。唯一、鉄に近い味わいとなるのは、やはり鉄分の多い、万古焼きか備前のような素焼きの焼き物しかないのです。

毎日お付き合いするお茶ですから、こういうものには、飛びっきりの優れたものを使うのが、当たり前になってもらいたいものです。

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2009年12月19日 (土)

震える寒さの木造校舎

Rimg11407 私は、小学校時代のほとんどを、この写真のような木造校舎で過ごしました。今では、全くと云って良いほど、なくなってしまいましたが、今でも冬の寒さと夏の暑さを記憶しています。

今より樹木も多く、ビルなども少なかったので、夏場は今のようなヒートアイランド現象は起きず、暑さにうだることはありませんでしたが、秩父颪(ちちぶおろし)と呼ばれる北風の吹く冬の寒さだけは相当なものでした。当時は、吉祥寺駅から徒歩で通うしきたりでしたから、走って暖かい教室に飛び込み、だるまストーブの真っ赤に焼けた姿を見ると、冷え切ったからだを皆でお尻から暖めるのでした。危険防止をかねて、各自j持ってきた弁当箱を温めるための金属網でできた棚がストーブの三方を囲んであり、温まってくると弁当のにおいがオーケストラのように、夫々のおかずの違いを伴って教室内に充満してくるのです。

また、名簿順で運悪くストーブの傍になった生徒は、輻射熱で顔を真っ赤にして授業を受けるのですが、その暑さは尋常でなく、苦しみに近い劣悪位置でありました。一時は、ゴム底の上履きをストーブに付け、焦げた臭いを愉しむというマニアックなことが流行りましたが、靴底のゴムの跡が、ストーブの鋳物肌に鮮明について、担任の清水先生から、しっかりとお灸をすえられました。

一学級三組あった教室はこのような木製サッシを通して、覗き見ることができたので、他所のクラスより授業が早めに終ると、木の床を四つんばいになって、となりの教室を探偵気分で探りに行くのですが、そういったときに限り先生と目が合ってしまうのでした。江戸川乱歩の少年探偵団が本やラジオを通して人気があったので、毎日、何かの理由を考えながら、自分たちも探偵ごっこに一喜一憂していました。http://sound.jp/gingerpop/history/hero_30.htm

http://www.youtube.com/watch?v=3Q0jbb8bHO8

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2009年12月18日 (金)

難しい雲であります!

309_2 水彩画を始めて、最初に挫折の壁というものがあるのならば、それは間違いなく、雲の表現でしょう。特に屋外で水彩絵具をだして、刻々変化する雲の動きを捉えるには、ひたすら、数をこなす以外、何もなく、辛抱に辛抱を重ねた者が、ある悟りというか、コツのようなものを会得するのであります。

雲の奥に差し込む光にも、そのお国柄というのがあるようで、このイギリス・湖水地方のような重い空気に包まれた場所は私好みではありませんが、それでも、ハリス・ツイードのジャケットを着て、ツーシーターのライトウェイト・オープンカーなど操って丘陵を走って、辿り着いた気分になります。

 さて、その国の風景画はその国の画材で、というのが昔は大原則でしたが、それはその国の鉱物から採集された原料が多く占めていた時代のお話であります。今や、合成の顔料が多く占め、人体に悪影響を及ぼすと思われる原料も使えないご時勢ですから、どこの国のものか関係なくなり、色の世界も標準化の傾向に歯止めが利かないようであります。

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2009年12月17日 (木)

ステッカーは経年変化が美しい!。

Rimg23706 初めての海外旅行としてヨーロッパに出かけた1967年頃は、今のように軽装で出かけることなど考えられず、何でもかんでも持っていく事が常識でしたが、重量制限もあって、減らす荷物の選定に戸惑ったものでした。

当時は、サムソナイトのラゲージが丈夫さとスマートなデザインで人気を独り占めしていたような感がありましたが、イギリスやベルギーの空港で観るラゲージには見たことも無いものばかりで、根っからの鞄・バッグ・ラゲージ好きな私には嬉しい体験でした。

一流ホテルでなくとも学生相手のペンションなども独自のステッカーがカウンターのバスケットの中に入っていて、それも何種類ものデザインがあって、たのしいイラストやオーソドックスなデザインがその国や地域の文化を表しているようでもありました。

細い取っ手が手に食い込み痛いほどのサムソナイトのラゲージの表面は、頑丈な樹脂製でしたがエンボス加工が施されていたこともあって、洒落たステッカーを貼ってもすぐ剥離してしまい、旅の記念をコラージュすることも出来ず残念でしたが、何とかたくさんのステッカーを持ち帰ることが出来、その後、貼れるものには何でも・・・、といった感じで、車からスキーに至るまで貼りつけていました。

渋谷・LOFTのウインドーを観ていて、懐旧の情景を思い出しました。

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2009年12月16日 (水)

弦巻の特級折衷。

Rimg24708 自転車で乗りなれた界隈でもまだまだ見落としていたり・・・と、知らない場所も数多くあるものです。

その上、偶然出くわす知らない世界が現代では考えられないスケールをもっていたりすると、佳き時代のおおらかさを回想し、思わずじっくりと観てしまうのですが、その様子は堂々としてませんと、怪しげな風に写りますからご用心を・・・。。

さて、弦巻四丁目にあるこの欝蒼とした「お屋敷」と呼ぶに相応しい邸宅のエントランスは、余裕たっぷりのスケールで道路に対し斜め動線が美しいのですが、何より唸ってしまったのがこの鉄扉の意匠です。まるでマラソンを終えた後の息づかいを表した心電図のようであります。この鉄扉の退色したテールベルト色のフラットな感覚と、朽ちたような大屋石の石垣との組合せがみごとですが、やはり昭和モダン、それも1950年代風といったパターンがあるからこそ、ややもすればクラシック過ぎるエントラス全体の収まりに新鮮な風を送ってくれています。

さらに、外から覗くだけでしたが、この邸宅はエントランスの印象とうって変わった、フィリップジョンソン風、白亜のキュービックでありました。折衷感覚の例としても、極めて特級であります。

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2009年12月15日 (火)

HOP-ALONG CASSIDYは根強い。

Rimg24580 Rimg24557 Om157611 Qx67141 最近の20世紀デザインを編集した本の中では出色なコンセプトを盾に、これまでは採り上げられなかったジャンルのモノが愉しめる、MASS PRODUCTION には、アメリカのガジェットが次々と登場し、その時代の消費生活や風俗が蘇るようであります。

その中に採り上げられたALADDINE社のランチボックスは1950年代のものですが、私の記憶では1960年代中頃、出来立ての銀座SONY PLAZZAには、アルミで出来た蒲鉾型のボックスにタータンチェックの魔法瓶の入った商品が並び、その洒落た雰囲気にぐっと来て、女性よりむしろ男性の方が飛びついたのでした。

さて、この本に掲載されたランチボックスのキャラクター、HOP-ALONG CASSIDYが気になって、インターネットで調べるとなかなかの長寿キャラのようで、コレクターもいまだに健在のようです。http://www.picsearch.com/pictures/tv%20series/by%20genre/western/hopalong%20cassidy.html

http://www.youtube.com/watch?v=F37VQnMhssg&feature=related

1935年から人気のあった西部劇ヒーローだったそうですから、日本の嵐勘十郎みたいなものですね・・・。検索しだすと止まらず、とうとう昔のラジオ放送が聞こえるサイトを見つけました。私世代よりずーっと上の皆様には、この時節柄、胸に万感の想いが蘇るのでは・・・http://www.oldradioworld.com/musicoldtimeradioshows.php。 カテゴリーのWesternをクリックするとGene Autryなども登場してきます。お好きなアーティストをクリック後、Show Titleをクリックすると、真空管ラジオの温かさがデジタルを通して聞こえてきます。

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2009年12月14日 (月)

1970年代 伊勢丹の先進性

197013 時代が昨日よりも今日、今日よりも明日に光明のあることを疑わず、誰しもがゆとりと遊びのある生活に憧れだした1970年代前半の伊勢丹のキャンペーン広告『こんにちは土曜日君』です。ライトパブリシティの土屋耕一さんによる名作としても名高い傑作文案ですが、ここに行き着くまでは伊勢丹社内でも方向付けに四苦八苦していました。

1960年代から大衆生活の底上げとして衣料品を中心に進んできた伊勢丹ですから、まだ生活を総合的に捉えて衣食住分野すべてをファッションという切口で商品政策を考える余裕などなかったのですが、この『こんにちは土曜日君』という一言で衣食住すべての分野において週末を楽しむ生活提案を徹底化し始め、商品開発から商品展開・シーズン販売ノウハウにいたるまで、このキャンペーンを境に『ファッションは生活のすべてに潜んでいる』という金科玉条が社内を駆け巡るのでありました。そして、数年後、伊勢丹独自のマーチャンダイジングマップの誕生により、客層・世代・生活環境・嗜好の分析・検証コードを駆使して、この後、他店とは格段に違う商品政策ノウハウが連綿として蓄積していきました。その商品政策コードはバイヤーシートというシーズン別のバイイング・チェックリストに反映され、学生時代ラグビーやテニスにはめっぽう強かったバイヤーの輩も、伊勢丹人になって初めて知る社会勉強に、乗りと勢いで生きてきたことを自戒し、涙するのでした。何しろ、そのバイヤーシートには「他所で売れているから仕入れたい」、などというお気楽発想は通用せず、「何故お前はそれを仕入れたいのか・・・」、という考え方が要求されたのです。さらに、仕入れたい商品の寿命はどのくらいなのか・・・などという先読みも必要でありましたから・・・。

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2009年12月13日 (日)

理解しようとしても無理。

Nr6 現在進行している先端な感性というものがどんなものかは分かりませんが、ある年代を経てくると、自分の感性の幅の無さに気付き、それが自分の許容範囲の狭さということにも関係して、新しいアートの世界を機会あるごとに観るよう心がける輩が多いそうであります。

ノーマンロックウェルhttp://www2.plala.or.jp/Donna/rockwell.htmの絵を観ていると、いかにもウォールストリートで長年株の売買を生業としてきた初老の紳士が、普段興味など示した事のないモダンアートを目の前に「これならば投資価値がありそうだ・・・」と考えているのか、それとも「このペンキをこぼしたような絵は何の意味があるのかね・・・」と自問自答しているかのようであります。

今や、現代アートの枠組みなどあるようで無きがごとくと言ってもよく、昔より進取の気概をもった者だけが栄光を勝ち取る世界であるだけに、これからの飛躍振りには目が離せません。この画像のタイプのモダンアートは1960年代がピークであり、アンディ・ウォーホールhttp://www.linkclub.or.jp/~kawasenb/warholn.htmlの台頭によって、工場生産に近いプロダクションシステムとなり、紆余曲折しながら現在の村上隆http://www.kaikaikiki.co.jp/に繋がっています。村上隆は日本画を徹底研究修練した男ですから、いつまでも現在のようなキャラクター一辺倒など考えられず、大手ブランドとのコラボレーションも潤沢な資金稼ぎとして、次のステップへの踏み台と割り切っているに違いありません。

村上隆はおそらく、現在の琳派を目指している気配がちらほらあるように見受けられ、その豹変も間もないのではないか・・・、と勘繰ってしまいます。

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2009年12月12日 (土)

ラジオの時代の予感が・・・。

600x45020090424000401 何となく聞いているラジオ番組でも、テレビより直接聴視者に伝わる濃さがあって、最近は終日付けっ放しということもあり、これでは、職人さんの仕事部屋のようにも思えてきます。

さて、夜の番組では、ラジオ日本のミッキー安川の辛口放談な内容がまじめに面白く、http://office-yasukawa.net/index.php?id=6 とくに金曜日の夜11時半からの番組は、切口も激しく、中身も政治経済から社会風俗までと幅広く、ミッキー安川のぶれない一家言が柔な現状を一喝します。一方、NHKの『新・話の泉』は立川談志の声が痛々しいのですが、番組の構成が面白く、一時間があっという間に過ぎ去ります。

このような番組などを聞いているにつれ、ラジオそのものも軟弱なラジカセでは我慢ならなくなり、そろそろ1970年代のがっちりした躯体のものに物欲がうごめきはじめました。さしずめSONYのこのタイプなどは、昔、実際使っていて、ここから聞こえるアメリカのカントリー音楽中継(グランドオールオープリー)http://www.youtube.com/watch?v=sUq5_EeMmHo&feature=fvsr http://www.youtube.com/watch?v=0FgpQyk5ibw&feature=related にワクワクしていた頃を思い出します。

この写真のような、どすんとした存在感のある金属系商品などは昨今の草食系世代には無関係でしょうが、還暦過ぎても肉食系に拘る皆さんは、このようなものを思い出しては、秋葉原に足しげく通うのであります。

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2009年12月11日 (金)

自転車の乗りっぷり。

Rimg25028 都心を走っていると洒落た自転車ショップが増えたのに気付き、それも、ビンテージ系からメジャーブランドまでが点在するようになりました。マニアックなレベルの競技用自転車からクロモリビンテージ系のブリティッシュ感覚のタイプまで、そのバラエティも嬉しいほどの広さです。

さて、最近はクロスバイクタイプの、散策にも快走にも適した自転車が増えましたが、ハンドルの長さが以前より長くなったような気がして、これでは肩が張ってサロンパスのお世話にならざるを得ないのでは・・・、などと勘繰ってしまいそうな走りっぷりの中高年が目立ちます。

販売する店もハンドルの長さに対する微妙な感覚をもっているのか、分かりませんが、その昔のスポーツ用自転車を販売する専門店では切断するなどして、微調整のサービスは当然だったのですが、最近は各部品がパッケージされたセット販売の比重が高く、うっかり販売店で微調整などすると、保険の対象外になるなど複雑な要素が絡んでいるのかも知れません。今は、自転車に快適な時季として終盤に入りましたから、ハンドルに限らず、サドルの位置、ブレーキの位置など調整してもらい、快適な自転車徘走を楽しんでもらいたいものです。

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2009年12月10日 (木)

HEADのスキー・・・。

Rimg24554 ヒッコリーの板が主流であった1960年代前半に、突然現われたメタルスキーに新製品大好きなスキーマニアの皆さんは仰天したのです。

ニスで覆われた渋いスキー板ばかりのゲレンデで「カランカラン」と金属音を鳴らせて滑降していく名人の多くは、このHEADのスキー板に、その驚くべき高価格にもめげず一気集中、飛びついたのですから、例えば岩原スキー場のような今で言うセレブ御用達のようなスキー場では、レストハウスのスキー置き場ではHEADだらけになり、自分のHEADが分からなくなるトラブルも多かったのです。

私がはじめてこの板を履いていた人を見たのは、猪谷千春氏の父・猪谷六合雄さん http://landship.sub.jp/stocktaking/archives/001315.html でした。志賀高原・石の湯ゲレンデでスキー学校を開いていて、温かそうなニッカーポッカーに日本カモシカの尻当てをぶら下げていた、まるで映画に出てくるマタギのような姿に不似合いなHEADのスキーは、猪谷さん独自理論ののパラレルスキーの優雅で静かな動きにぴったりで、その雪面を泳ぐように滑る静態姿は、剛毅な姿から想像もつかなかったのでありました。当時は、リフトのない静かなゲレンデでしたから、猪谷さんが回転するたびにスキー板が触れ、カランカランという乾いた金属音が聞こえ、その音が雪山の自然環境と違和感がありました。又、ゲレンデに熊笹の葉を挿してポール代わりにして、子供でも恐怖感を持たずに回転を覚えさせるという自然派の指導法は、今でも新鮮です。

さて、このポスターカラーひとつで描かれた広告は1960年代前半の優雅なスキー時代の雰囲気をよく捉えています。このタイプのスキーセーターも大流行したもので、北欧のヤーヌスがその最高品質ブランドとして、人気でありました。ヤーヌスの高価なセーターは買えませんでしたが、このポスターに似た柄のヤーヌスの靴下を買い、毎冬、家の中でも履きっぱなしでしたが、その丈夫さは尋常でなく、15年ほど穴のひとつも開かず、たいへん重宝しました。

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2009年12月 9日 (水)

LUCCAは可愛く美味しい。

Rimg24882 Rimg24895 Rimg24901 世田谷線上町駅から近隣住民の御用達スーパー・OZEKIを目標に向かい側の歩道を歩くと、可愛い店が並ぶ一角があり、その中の一軒がLUCCAという店名の可愛いトラットリアです。イタリアンがベースながら、和風・亜細亜風・ハワイ風などの隠し味をミックスするなど、ベーシックな菜譜にもアスリート並の日々のシェフと女将の呼吸の良さと精進が、明快に味に表れています。この日はシェフの包丁さばきの腕の確かさが見た目に伝わる蛸サラダのアンティパスト・鶏肉とクリームチーズの抜群なハーモニーに満足でした。ランチ内容にもお店の一生懸命な姿勢が表れ、ファストフーズばかりが目立つ世田谷通り界隈の中で、唯一、救われる様な温かさのある「大丈夫なお店」であります。

いつも感心するのは、この店内のアレンジメントが女将の面白ヒラメキ感覚により遊んでいて、まるで、神楽坂にあるようなコスモポリティックなテーストは、近隣の女性客のインテリアセンス向上にも一役買っているようです。

この日流れていたBGMはMelissa CollardとThe Pied Pipers http://www.youtube.com/watch?v=ZLLEc-Xh068 でした。

LUCCA 東京都世田谷区世田谷2-6-5  電話:03-3439-0611 休日:水曜・第一、第三火曜

ランチは月・火・金・土の11:30~14:00(とは限らず、必ず電話で確認してください。)

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2009年12月 8日 (火)

うろうろと・・・神楽坂

Rimg24829_2 Rimg24837 Rimg24849 Rimg24864 Rimg24859 Rimg24855 さっと人気が引く月光仮面のようなロードレーサーの格好にも、時代の後押しがあるのか、例えば、信号待ちしていても声をかけてくれるなど、皆さんも興味をもってくれるようになりました。最近は、ウエアーの機能や着心地などにも質問されたりと、町中で浮きまくっていた銀輪疾走団の皆さんも、街のコミュニケーションに一役買っているようです。

先日、走りなれている本郷台地を下り飯田橋方面に抜けようとした途中、突然、寄道趣味が頭を持ち上げ、神楽坂を上り、脇道を周って散策三昧に終始しました。此処、神楽坂http://kagurazaka.sanpomania.com/ http://www.syoutengai-web.net/kagura/ は花柳界としての華やかな時代から日本と仏蘭西の文化が入り混じる時代となり、その洗練さも、ダークシックな店構えの多さ故からか、夕暮れのアンニュイな時間帯など他所の街では見ることのない格調の高さとモダンさがあります。ちょっと奥に入れば、和モダンな住居と花街の名残をもつ佇まいもありと、夫々のブロックが趣きの競演を奏で、この時季はその円熟に磨きがかかり、散策しているだけでも人を引寄せる魔界の誘惑をひしひしと浴びるのです。

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2009年12月 7日 (月)

用賀フローラの丸ごとリンゴパイ。

Rimg24732 Rimg24739 世田谷区にはその町に根ざした美味しいお菓子屋さんが点在していて、夫々が創意工夫しながら、職人の誇りを以って商売を続けています。

用賀商店街にある「フローラ」http://www.flora-cake.com/もその一軒で、昔気質の創業者が毎日自ら店頭に出て販売もしています。ここの名物が「丸ごとリンゴパイ」というネーミングのジャンボなパイ菓子です。その名前通りのストレートなお菓子ですが、こんがり焼いた生地の上からたっぷりと掛かったラム酒と砂糖の按配は、まるで紅葉の里山姿です。

買って直ぐ食べたくなるのをぐっと我慢して翌日の朝食代わりにいただくと、味に落ち着きが出、おまけにパイ生地もしっとりとしますから、お奨めです。世田谷美術館などを散策した帰りにでも、ちょっと寄ってみると宜しいかと・・・。他にも美味しいクッキーなど、家庭的な雰囲気が人気のお店です。

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2009年12月 6日 (日)

三田・慶應義塾大学の銀杏。

Rimg25021 昨夜は成蹊高校サイクリング部の後輩である、土橋健寿さん・右近義隆さん・平山文男さんと吉祥寺で落ち合い、あぶり処・武蔵 http://r.tabelog.com/tokyo/A1320/A132001/13015889/ にて、戯言の応酬と懐かしの記憶力競争に終始しましたが、後輩たちの今も変わらない自転車への情熱には改めて感心しました。

少し早めに吉祥寺駅に到着し、すっかりカジュアルに変わりだした北口・ハモニカ横丁をうろうろしてると、偶然、先輩の佐藤忠臣さんに会い、混み合う通路を無視して、お互いの頭の白さに時の流れと追憶の話題に終始しました。佐藤さんはTiger Mama http://www.alook-japan.com/tigermama1101.html・Tea Clipper http://tea-for-life.net/tearoom/review/clipper.htm などを切り盛りし、吉祥寺のカウンターカルチャー系風俗文化の黎明期からの生き証人ともいうべき方で、その穏やかな風貌となった今、高校時代の強面の山岳部主将の面影など全く見るかげもありませんでした。

今朝は、笑いっぱなしの昨晩のせいか、すっきりと目覚め、家人のお供で三田・慶応義塾大学に行きました。図書館の前の銀杏の木が素晴らしくスナップしたのですが、幹線道路脇などで見られる細く剪定された姿と違い、豊かなボリュームをもった姿は、枝ぶりの大らかさとともに美しく新鮮でもありました。しばらく背景の煉瓦とマッチした環境に見とれていると、何所からともなく写真マニアの団体さんがやって来ました。

午後は雨の予報でしたから、このしっとりとした空気感に浮き上った銀杏は、明るい日差しに輝く銀杏の姿とは一味違う寂寥感がたっぷりでありました。

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2009年12月 5日 (土)

納涼満点な雪景

4a1967709 1967年、初めてスイスのスキー場に来てびっくりしたのは、日本とは比較にならないスケールの奥行きと幅でした。ちょこちょことボーゲンなどで下っているだけで、あっという間にリフトゲートに到着してしまう日本のスキー場と違って、スイスではまず山頂までリフト・ケーブルカー・ゴンドラなどを乗り継ぎ、相当な時間を掛けて到着し、洒落たレストランで先ず一服・・・、というのが常套手段でありました。レストランのメニューも昼間からディナーばりのコースもあり、せいぜい、うどんかカレー、スパゲティミートソース程度しか認識になかった日本のスキー場のメニューとの格差に唖然とした覚えがあります。食事を終えると陽射しがご機嫌であれば、ベランダに出てしばしの日光浴・・・。たっぷりと休憩したあと、一気に2000メートル近くを下って行く爽快な感覚を知ってしまったので、帰国後、国内の狭いスキー場で楽しむ気にもなれず、もっぱらスキー場の風俗見物ばかりしていました。

安野光雅さんの描いたスイスの雪景色にも、その迫力あるスケールが表れています。安野さんらしい日本画の画法による滲み・ぼかし・垂らし込みを控えめに遣った品の良い作品です。水彩画としても珍しいほどの白の余白を残し、眩い雪の反射効果を意図していますが、正にこの雪と岩肌とのコントラストが日本には観られない景観のひとつであります。http://www.youtube.com/watch?v=lV3MZzeZHoA&feature=related

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2009年12月 4日 (金)

アトリエ・ヨシイエ ホームスパン展

Rimg24790 Rimg24775 Rimg24771 田園都市線・あざみ野駅傍にある、あざみ野アートフォーラム・横浜市民ギャラリーhttp://itot2.jp/b-dento/50において、6日まで、吉家京子さんが主宰するホームスパン教室生徒の皆さんの展覧会が開催されています。

羊の毛を紡いで作られた作品は、皆さん夫々の好みの世界を主張しながらも、日頃のコミュニケーションも和やかとみえ、通じ合う心のハーモニーが奏でられ、よくありがちな「皆勝手に頑張りすぎ」といった光景も皆無で、じつに気持ちの良い時間を過ごす事ができました。いわゆる、ハリスツイードのような密度の濃いがっしりしたものではなく、しなやかで柔らかい感触の作品は、これからの時季、ロッキングチェアーなどに揺れながらの転寝によさそうなひざ掛けから、ソファーに寄りかかり小脇にはさんでの読書に具合のよさそうなクッションなど、作品の幅も豊富です。さらに、素材が空気を含んでいるため、色彩に深みがあり濁り無く、渋さの中にも華、があります。

主宰する吉家京子さんは、私と高校時代の同窓生です。当時、全クラス男子学生のマドンナ的存在で、お勉強も常にトップという存在でした。そのお嬢様的存在は卒業後、ほぼ伝説化されましたが、以前、ふとしたキッカケでホームスパン教室を主宰されていることを知り、それ以来、展示会のある度お邪魔させていただいてます。今も、昔のようにはしゃぎすぎると窘められるところなど、頭が上らないのです。

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2009年12月 3日 (木)

1963 自転車合宿 地元の子供に囲まれた。

196324 1963 写真上:佐々山厚  写真下:成蹊高校サイクリング部OB会蔵

1963年8月2日、群馬県・渋川からスタートした高校サイクリング部合宿は10日の山梨県・韮崎解散まで毎日休みなくペダルを踏んで、初めての経験も目白押しと、苦しくも楽しいものとなりました。解散後も仲間は夫々の方面に向かい、全員何とか無事に自宅まで自走して終りました。私と佐々山厚さんは韮崎から甲府に向かい浜田旅館で一泊し、翌日、東京の自宅まで120キロを8時間ほど掛け戻りました。頑張り屋の岩田さんは、この後、故郷・名古屋まで一人で黙々と自走で帰るなど、皆さんの根性に学校側も評価せざるを得なく、念願の、ワンダーフォーゲル部からサイクリング部を独立させることとなりました。

上のスナップは写真部でもあった佐々山さんが撮影した中の一枚で、丁度、合宿の真ん中にあたる5日目の朝、私の父の妹が嫁いだ長野県佐久市臼田町の井出邸を出発するときの模様です。国道141号線沿いにあるこの住まいは江戸中期の書院造りで、全員このような伝統様式の建物で寝泊りできるなど思ってもないことで、ぎっしりと敷き詰められた畳の空間の広大さに唖然としていましたが、間もなく、走り回ったり、広い厠にビックリしたりと、子供時代に戻り深夜まで探検ごっこに終始してしまいました。

翌日は、ゆっくりと休養し、午後三時過ぎに井出邸を出発しましたが、ドロップハンドルの自転車など地方では見る機会もなかったこの時代、町の少年たちに取り囲まれ、自転車の説明などして、地域親睦交流に貢献したのであります。とくにタンデムに人気が集中して、何人かの子供を後ろに座らせたり、と・・・、サービス精神も旺盛でありました。

さて、左の自転車に団扇がさしてありますが、これは夏合宿ですから暑いのも理由ですが、それよりも、舗装比率の少ない時代でしたから、自動車の行き交うごとに吹き上がる土埃を被るのを解消するために、必須アイテムだったのです。

ところで、手前右の私の太腿あたりに傷が見えますが、どこかで転倒したのか、枝木に突っ込んで、ついてしまったものなのか・・・、今ではまったく記憶にありませんが、傷跡は、しっかりと今も残っています。

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2009年12月 2日 (水)

バッグの類が気になる。

Rimg23955 このところ、地下鉄に乗る機会が多く、車内のみなさんの持ち物としてのバッグを気にして観ています。ブランドものと呼ばれるバッグはOLには相変わらずの人気のようですが、若い世代の学生層ともなるとスポーティーな様々なバッグを持っていてそのバラエティは以前の比ではないようすであります。

自転車メッセンジャーから火の付いた、人気のあるカジュアルで大きなバッグや、アウトドアブランドのショルダー、新素材と革のコンビによるトートバッグなどなど・・・、バッグの華やかさで車内も明るくなってきてますが、皆さんかなり大きめのバッグが多く、中身はどんなようすなのか覗きたくなりますが、おそらく、パソコンやらお弁当やら・・・、ぎゅうぎゅう詰めなのかも知れません・・・。

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2009年12月 1日 (火)

美しい広告・伊勢丹1981

197008 ちょっと懐かしい印象の新聞広告ですが、1981年伊勢丹の秋のファッション広告です。伊勢丹宣伝部とライトパブリシティがタッグになって、掲載商品・紙面構成を練り上げて展開したシリーズ広告のひとつです。創業以来の伝統マークから一転、若さとバイタリティーをビジュアル化した新シンボルマークなど今のお若い皆さんは、知らないでしょうが、こんな時代もあったのです。

紙面の余白といい、完結にして品の良いコピーといい、リアルなイラストレーションといい、夫々の才能が一つの束となって出来上がった広告には、発注側と受注側といった偏狭な根性などいっさい見られず、ひたすら、美しさと伝えたいメッセージが目の前に展開するのみ、であります。

手作りと、膝を突き合わせて進めていったアナログの仕事には、デジタルコミュニケーションでは表せない 『間』 というものが読み取れます。

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