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2010年1月 6日 (水)

広重・柳しま

059 隅田川を目指して北十間川を左手へ1キロほど行くと、中央右手に見える猪牙船の位置へやってくる。南北に走る横十間川との合流点で、その手前、画面右手に架かる橋が、柳島橋である。
 これらの掘割は、その幅が10間であることから、十間川として知られているが、隅田川の東側に位置する本所と深川を縦横に走る6本の幹線水路系のうちの2本である。東西には4本の幹線水路が走っているが、切絵図では、その最北端に位置するのが、北十間川である。江戸城から見て西を上方と定めている関係上、横十間川は、右から左へと「横」へ流れるように描かれるので、このような呼称となった。
 江戸のまちの北東の一隅にある2つの名所を目当てにこの地を訪れる人たちは、屋根船(正式には日除船)を使って掘割を通り、目的地のすぐそばで下船する。下手にはその様子が描かれている。ここで断然有名なものは、日蓮宗法性寺の境内にある妙見堂で、北斗七星の神格化した北辰妙見大菩薩を本尊として祀る大きな建物が、左端の木のなかに見えかくれしている。「妙見さま」は、江戸ではとりわけ芸人たちに広く信仰され、寺はその信仰の中心であった。信者として有名なのが、浮世絵師の北斎で、「北の絵師」という意味の画号の北斎も、そこからとって付けたと言われている。
 有名なもののもう1つは、料理屋の橋本である。画面中央に大きく描かれている建物が、それである。明るい障子の窓が招いているようだ。橋本は、大正十二(1923)年の震災で倒壊した。遠景には、墨を散らした淡い色彩で、美しい田園風景が広がっている。草色の田んぼは墨線で縁どられ、村の家々が木立に包まれている。彼方には、筑波山が霞んで見える。江戸の人間にとっては、おなじみの姿である(この絵では、男体山が実際よりずっと西の方に高く描かれている)。   (ヘンリー・スミス『名所江戸百景』)

この版画は何となく手前の会席料理店『橋本』の広告とも見てとれますが、れっきとした江戸百景のシリーズに登場する一枚です。柳島妙見は現在東京都墨田区墨田区業平5-7-7辺りに全く違った姿で存在してますが、少なくとも関東大震災まではこの光景は存在していたようです。広重得意の俯瞰画でありますから、実際の景色よりも誇張されているとは云うものの、江戸の豊かな聖・遊をひとまとめにした傑作です。それにしても舟が重要な交通手段であったことを物語っていますね。

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