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2010年2月 8日 (月)

1933・久我山 宮下橋

2Rimg16665 写真提供・高井戸第二小学校

1970年頃の護岸工事で、それ以前の美しい神田上水が季節の移ろいも感じることの少ない、無味乾燥なインフララインとなってしまい、子供たちの楽しみであった川遊びも縁遠いものとなってしまいました。

この写真は昭和8年の現・高井戸第二小学校六年生女子の卒業写真です。場所は久我山稲荷神社の南側を流れる神田上水に架かっていた『宮下橋』です。

私の育った久我山では昭和30年代前半まではこのような田園風景が、駅のプラットフォームからも一望できました。おまけに井の頭線・線路脇からいきなり畦道・田圃でしたからその郊外農村風景としてもなかなかの雰囲気をもっていました。朝、学校に通うのに駅で電車を待っている間、何の看板の類もありませんでしたから、前面に広がる朝靄の立ちこめる雰囲気は子供ながらに、しみじみと凝視していました。

そんな静かなプラットホームの雰囲気も到着する電車の扉が開くと一変し、どっと降りてくる岩崎通信機工場の従業員や、国学院付属久我山高校の生徒らの圧倒する勢いにたじろいでいました。

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