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2010年2月19日 (金)

日本橋 横山町 1953

1953 付加価値商売の最たるものといえば、ファッション産業、その中でのアパレル業界は極めて、ハイリスクな世界であります。

幸運にも時代・縁故・感性などの条件が偶然にも合致すれば、何年後には自社ビルも建った・・・、などというのはバブル期の伝説でありますが、ここ横山町はそのような風俗の最先端とは関係なく、まして、付加価値を読み取る人材の必要もなく、ただひたすら、顧客の注文を何とか凌いで生き続けている、しぶとい繊維・服飾雑貨を中心とした問屋街であります。

1953年の横山町の写真には、ようやく敗戦から一段落して、朝鮮戦争のおいしい味もたっぷり味わった後の、ノンビリした空気感が漂っています。物流も日本通運の独占状態だったでしょうし、まだまだ大手百貨店からの直接注文などもあって、最後の佳き時代の風俗です。右手の木箱に入った月星ゴム(現・月星化成)の地下足袋がこれだけどっさり店先に積み重ねられているからには、建設業の注文も半端ではなかったでしょうし、各現場では棟梁をはじめとする鳶職の皆さんが、しっかりと仕切っていたのでしょう。

この月星の地下足袋は、いわゆる座敷足袋にゴム底をくっつけて1922年に生まれたもので、噂ですと平和記念東京博覧会をはじめ、東京・大岡山、洗足池、玉川一帯の宅地開発で一儲けしようとして、捻り出したアイデアということなのですが・・・?。余談ですが、この月星化成は1873年に熊本県・久留米市に槌屋足袋として創業。1877年の西南戦争では討伐軍の足袋20000足を受注したものの、その後、物資の納品をめぐり軍とひと悶着あって、結果、大損を被ったなど・・・、面白そうな話がまだまだ埋蔵されていそうであります。

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