« 涼風にしばし寛ぐ。 | トップページ | スイス・信州もどき »

2010年3月17日 (水)

懐旧の小道・八国山緑道 1965 早春

196505196504_2   1965年の早春、高校3年になる寸前のスナップです。場所は西武園に抜ける将軍塚のある美しい小道で、八国山緑地と呼ばれて、今は週末には多くのハイカーや近隣のウォーキングの皆さんで賑わっているようですが、この頃は、ひっそりとした森の小道でした。http://www6.ocn.ne.jp/~bojyan/r8koku.html高校時代は自転車と演劇にどっぷりと浸かり、毎日の通学の帰路では吉祥寺・東京サイクリングセンターでの先輩のよもや話に傍耳を立てていた頃です。何故か、趣味の話に共通点の多かった隣クラスの中村浩二さんと一緒に早朝のツーリングを楽しみましたが、この小道の両脇に芽吹きだした樹木からほとばしる樹液でセーターはもとより、自転車にまで、ベタベタとなり、頭などはポマード要らずといった状態となってしまいました。

このルートは1964年の春、有吉さん・沼さんという東京サイクリングセンターの大お得意さんでもあった先輩の後をひたすら追いかけて、今や伝説化されたご両人の美しくロスのないライディングフォームを真似ようと必死に付いて行きながら教わったルートで、当時は狭山の茶畑を抜けていく、素晴らしいルートでした。若造の私はどんどん小さくなる先輩を見失うまいと茶畑に見え隠れする二人の頭を追い続けながら走ってました。ランドナーや太目のタイヤが流行していたこの時代は、舗装道路を避け、わざわざ狭い土の道を走るのが粋とされていたのです。

現在この場所一帯は、宮崎駿さんがその素晴らしい環境と生態系を遺そうとボランティアで活動していることで、各メディアで採り上げられています。http://www.kmine.sakura.ne.jp/tokyo/kouen/hachikokuyama/hachikokuyama.htm

さて、私の自転車は東叡社・ブルーバードというキャンピング仕様のタイプです。東京サイクリングセンターの創業者・板倉修氏に強く勧められ、周囲の同僚は「どうせなら、ゴールデンゼファーにしなよ」などと囁かれたものの、根っからの偏屈なDNAがマイナー指向の自転車をセレクトしたのです。その後、カスタムアップの癖が抜けず、泥避けは前後ニ台分購入し、長い泥除けに前後取替え、ぐっとフランスっぽくなっています。フロントバッグの前にちょこんと鎮座しているライトはフランスのJOS http://landship.sub.jp/stocktaking/archives/000487.html ですが、泥除けとJOSを繋ぐ部品が無く、あのDaniel Rebourさんのテクニカル・イラストが掲載されたCYCLE http://landship.sub.jp/stocktaking/archives/000661.html を観ながら、板倉修さんの工具を借り、東京サイクリングセンターの二階で手作りしたものです。鉄板を切り、メッキなどせず、エポキシ系の樹脂を塗ったものでしたが、なかなかの出来具合で満足感にひたっていたのです。

|

« 涼風にしばし寛ぐ。 | トップページ | スイス・信州もどき »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/29019/33124678

この記事へのトラックバック一覧です: 懐旧の小道・八国山緑道 1965 早春:

« 涼風にしばし寛ぐ。 | トップページ | スイス・信州もどき »