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2010年3月26日 (金)

1967 奥野信太郎 『町恋いの記』

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Rimg27477 インターネットで欲しい著作物を検索してみても、途方もない金額設定をしているものも多く、おまけに、実物をこの手で確認できませんから、いくら、美装本などと書かれていても、おいそれと信用できないものです。

このところ、昭和30年代の町っこ気質の潔い書きっぷりにはまり、奥野信太郎さんの著書をインターネットで探していたところ、三月書房の『町恋いの記』という、どうしても、そのタイトルからして欲しくなってしまう一冊がありました。ところが、金額はピンキリ、こうなれば神田神保町の良心的書店の中から検索して、適正価格の一冊をやっとみつけたのが、こちらです。

三月書房のこのシリーズは、文庫本サイズながら装丁も洒落ていて、小洒落れたサイドテーブルに置くにも良し、剛毅なデスクに置くにも良し・・・、であります。

奥野信太郎 『町恋いの記』より 未完成は楽しい から抜粋

 ともかくぼくは毎日渋谷を通る。ここを通らないことには勤務先の三田にも、それからそのほかの用達の場所にも、まずゆくことができないからである。                    少年時代ほんのしばらく青山南町にすんでいたころ、よく道玄坂あたりまで遊びにきた。 水車小屋があったり田圃が続いたりしていて、もう宮益坂をおりると、あたりはすっかり田舎の風景であった。・・・

全編、このような話が語り調で続き、すっかり記憶から消し飛んでいた憧憬が表れると同時に、私の塞がれた記憶の詮がスポーンと抜かれるのです。書かれた1967年はまだ多く残されていた戦前の風景が徐々になくなり始め、そのせつなさを、江戸っ子らしく、さっぱりと諦める境地で、『町恋いの記』という表現で構成されています。

文体も、池田弥三郎氏ほどの直裁はないものの、麹町生まれの控えめなエスプリは、忘れかけていた文学のエキスを散らし、うつくしいのであります。                                  

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