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2010年3月25日 (木)

1970年代 伊勢丹の先進性

197010 実態は勘と乗りと勢いで1960年代からファッションデパートメントストアの位置を不動にした伊勢丹ですが、売上の殆どを新宿店が占め、当時からも不特定多数の客層が毎日なだれ込んでいましたから、何でも仕入れれば黙ってもそこそこ売れていく状況でした。そのような中、アメリカの百貨店の現状を視察した経営陣が、もう少し商売に感性と理性を持ち込めないか・・・、という経営判断の元、客層のカテゴリー化、商品の分類を従来の用途別などからデザインテースト・顧客の生活価値観マインド別に・・・などの手法を織り込んだ独自のコードを使い、1975年頃、全面的な大改装を通して、他のデパートより一歩先のマーチャンダイジング施策に踏み込んでいきました。

この新聞全段広告は1975年、アメリカのCI会社に依頼し旧来のシンボルマークを変えたときのものです。

土屋耕一さんのコピー『Healthy Sexy』 も傑作ですが、此処に登場したノーマカマリというデザイナーによる、カットソーをお洒落にデザインしたファッションが時代を象徴しています。カットソーというとトレーナーの素材として健康生活にはお馴染みでしたから、ちょっとドレープをあしらっただけで、こんなに可愛くなってしまうマジックのようなデザインが話題を呼び、これまで対極概念であったHealtthyとSexyとを同列に位置づけするショップが林立していきました。それはインナーと呼ばれる肌着にも表れ、それまで比較的地味な肌着ショップも明るく華やかに変身していったのです。

ところが、このシンボルマークだけは甚だ評判悪く、「アメリカ西海岸のデザイン会社に依頼したから、短絡的な朝陽のようなデザインになってしまった・・・、」などと散々に扱き下ろされ、そのせいか、さほど時を待たずして現在のマークに落ち着きました。   

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