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2010年3月22日 (月)

東福寺・市松の庭

1012006062f252f812fb0071081_2033369312006062f252f812fb0071081_201932561禅宗の方丈には、古くから多くの名園が保存されているものが多い。然し方丈の四周に庭園のあるのは大本山東福寺の方丈だけである。この庭園は昭和十三年重森三玲氏が作庭された枯山水式の禅院庭園である。
 当寺が鎌倉時代の創建である関係から作者は鎌倉時代庭園の質実剛健な風格を基本とし、これに現代芸術の根幹をなす抽象的構成をとり入れて表現したものである。今それらの四囲の庭園を略述すると方丈南庭(前庭)は巨石十八尺の長石を基本として蓬らい、方丈、瀛洲(えいじゅう)、壺梁(こりょう)の四仙島を表現し剛健な配石と荒海の砂紋とによる躍動を表現し点観の移動によって変化を極めている。 方丈の西庭はさつきの刈込と砂地とが大きく市松模様に図案化された井田の抽象表現である四季の色彩的効果が意図されている。北庭(方丈の裏)はもと作庭以前に南の御下賜門内にあった敷石を利用したものでこれを市松模様としたものであるが、この北庭側は通天の楓樹が錦を織りなす美観の地であり且つ南庭が石庭である為に逆効果が意図されたものである。(東福寺)
 

京都・東福寺方丈裏の庭は重森三玲が1938年(昭和13年)作庭したものです。

この市松庭は北庭の意匠ですが、石と苔とのバランス構成を徹頭徹尾計算尽くし考え抜いた末にたどり着いた、作為のある自然環境としての代表例です。南庭・西庭は更に趣きが飛躍して、アバンギャルドでネイチュアな世界が広がります。

『自然のあるがまま』がお好きなみなさんには、耐えられない意匠でしょうが、日本の各分野の造形には、枯山水を筆頭に人間の感性と原始環境との約束ごとを超える闘いの証しがたいへん多いのです。西欧の足し算の美学と違い、日本は引き算の美学の宝といわれるように、俳句のような最後にたどり着いたエッセンスの塊こそが日本の美を象徴的に表現していて、昨今、海外ではこれを総称してZENなどと呼ばれています。

京都の寺院周辺には夢想国師をはじめ、このような人間の感性と自然との闘いの名残が此処彼処に集結しているからこそ、永遠なる創作のエネルギーを浴びに、多くの皆さんが一年中季節を問わず出かけるのだと信じていますから、たんに侘び寂び、美味しいものや御茶屋遊びだけが、京都の売りではないのです・・・。

重森三玲 http://www.est.hi-ho.ne.jp/shigemori/association-jp.html

枯山水 http://evuq.com/japan/karesansui/japan_patern_02_karesansui.html

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