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2010年4月27日 (火)

1953年。家の改築

1953c 1953a 1953b 戦前からあった久我山の家を父が改築したのは、1953年(昭和29年)のことです。私はまだ6歳でしたからその当時の事情は分かりませんでしたが、大工さんは全員、父の故郷・信州の方々がわざわざ東京まで出向いてくれたのでした。その後に父から教わったことですが、その皆さんが棟梁以外は、本業は村で農業を営む方が殆どで、大工仕事はあくまで余技だったのです。材木は全てではありませんが、尾州・檜のすーっとする香りがかんなで削られたくずや木っ端から放たれて、その自然のもつ香りの豊かさにはじめて触れたときでもありました。

父の故郷では、そもそも、専業としての大工さんなどいなかったそうで、村の家を新改築するときなど、村中総出で、男衆のボランティアだったそうですから、ここには古来よりの日本の村・町・地域を支えるひとつの 「かた」「お約束」 が存在していたのです。

うっすらと記憶にあるのですが、10人近い皆さんは久我山の敷地内に解体した廃材を使って、即座に仮設小屋を建て寝泊りしていて、私はそこで皆さんに遊んでもらうのが楽しみでありました。信州の人間ですから酒のたしなみも半端でなく、毎晩の宴会のような騒ぎに、周りの住民の皆さんも集まって盛り上がり、正に、家を建てるのは、お祭りであったのです。

現存する写真は僅かで、お祭り騒ぎのスナップはないものの、現在お元気な方でも90歳はとっくに越えているであろう風貌からは、厳しい農業で鍛えられた剛毅さが伝わってきます。

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