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2010年4月18日 (日)

昭和20年代・吉祥寺井の頭線ホーム

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小学校に入学して、何より嬉しかったのは、毎日の電車通学でした。京王井の頭線・久我山駅と吉祥寺の間でしたから、それこそ、あっという間に着いてしまうのですが、電車内から観える長閑な光景は、自然と四季の変化が鮮やかで、さらに、神田川沿いの藁葺き屋根の住居から昭和20年代後半に流行りだした平屋の新・和風住宅までがうまく混じりあい、独特な雰囲気が穏やかな丘陵に何箇所も点在していました。とくに、久我山周辺の高い丘陵からなだらかになる三鷹台の一画は、建売住宅が神田川沿いを占拠してしまう前でしたから、瀟洒な立教女学院の校舎と調和が取れ、明るい雰囲気に満ち溢れていました。又、井の頭公園の線路沿いにも洒落た木造住宅が点在していて、電車内からもモダンリビングな生活ぶりが覗けるほどの大らかさでした。

小学校2年生までは、吉祥寺駅に到着すると、友達等と競って全速力で北口に出て、歩いて学園まで通っていましたが、やがて、車中心の交通環境に移り、事故に巻き込まれないようにという配慮からか、バス通学となったものの、行き帰りの散策三昧の愉しみを既に覚えてしまったものですから、極力、歩いては大正通り・昭和通りの人・店・街・町のようすを愉しんでいました。

上の写真が昭和20年代の井の頭線・吉祥寺駅でこの雰囲気は今も記憶に鮮明です。

下の写真は1947年(昭和22年)・米軍航空写真のデータですが、白の点線が井の頭線です。小学校に通い始めた1954年頃と全く変わってない線路周辺の環境に驚きですが、1950年代後半から60年代前半には宅地で埋め尽くされはじめます。電車内から周辺の景色を観ていた時代の様子が鮮明な写真を通し、蘇ってきます。

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