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2010年4月19日 (月)

広重・大磯

1101 和菓子・鰻・蒲鉾など隠れた名店の多いことで知られる湘南・大磯は、明治時代になると湘南リゾートの発祥の地となって、それに伴い有数の別荘地となりましたが、江戸時代までは宿場町として栄えたものの、本来は地味な漁村だったようです。

広重独特のデフォルメされた茅葺屋根が、軒を連ねた宿場町の隆盛を象徴しているようで、当時もこの版画をはじめとする東海道旅の絵巻を通して、伊勢詣りに代表される旅に出たくなる気持ちを、町人に喚起させてくれたのでしょう。

さて、西行の鴫立庵・松林・伊藤博文邸跡・・・など、派手な観光名所があるわけではなかったものの、1957年(昭和32年)に大磯ロングビーチが出来て以来、それまで比較的静かな大人の静養地であったのが徐々にヤングジェネレーションの巣窟となり、やがて団体バス御用達の定番ルートとなったりと、その西武の観光センスについていけない戦前からのクラス意識のある良識古典派の皆様は次第に此処を離れていった経緯があります。このロングビーチは堤義明氏の大学卒業論文をほぼそのまま実現させたコンセプトに則っているそうですから、なんともはや・・・であります。極論してしまうと『箱根山戦争』http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1121310021 の余波はここまで広がっていたという証なのかも知れません。

さて、少しずつではあるようですが、今、戦前のような落ち着いた町づくりへ行政も真摯に取り組んでいるということですから、願わくば、お洒落で落ち着いた伝統湘南の誇りを取り戻してもらいたいものです。

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