スイスの山村に迷い込んだ 1967。
安野光雅さんのスイスの水彩画をながめていると、みずみずしい空気感の表現に感心させられると同時に、1967年のヨーロッパ・スポーツ関連の取材旅行での苦い想い出が蘇ってきます。
この旅行の殆どをいちばん若輩の私は、ナビゲーターとして助手席に座り、ミシェランの地図とにらめっこで孤立無援・孤軍奮闘してたのですが、ルートを外してばかりが生じ、みなさんのお叱りを受ける毎日ばかりであったのです。
アウトバーンを疾走してドイツからスイスに入り、はじめての取材と商品発注の仕事がインターラーケンに向かう途中にあるストックリーと言う名前のスキー工場でした。このスキーは当時、銀座・秀山荘の独占販売で、デザインの秀逸性と滑りの良さから隠れた名品と呼ばれたスキー板です。社長の自宅は工場の隣で大歓迎の食事会を設けていただき、そこではじめて食した、ラクレットとチーズホンデューの美味しさに仰天、皆、ご機嫌でローザンヌへの帰路に着いたのですが、ここで、私のミスが生じ、写真のような山村に迷い込んだのです。当然、英語の通じる村人もいなく途方にくれたものの、何とか、勘を頼りに無事ローザンヌに到着できたのです。
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