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2010年7月14日 (水)

用賀のタワー

Rimg26371 雲と垣間見る晴天とのバランスが絶妙な、朝の用賀駅http://setagaya-chintai.com/bukkenn/0039.html に出ると、眩いばかりの用賀ビジネスタワーが冴えわたっていました。今とは対極の、ふんだんにお金をかけた用賀駅再開発は使われた建築資材の品格からディテールの収まりまで、かなりの高得点なのです。

もちろんこのビルを取り囲む界隈のまとまりも、歩くたびに感心するほど混沌さたっぷりな商店街も残され、机上だけで設計進行しなかった現場検証の努力さえくみ取れるようです。

ただ、通年のビル風と夏の陽射しに焼けた石壁だけは照り返しも息苦しく、勘弁していただきたいのであります・・・。

さて、用賀の町は大山街道の宿場町として発展し、その後、昭和初期より陸軍関係者や軍需産業まで、パッケージとして取り込まれていたそうです。たしかに、ほんの10年前まで、亜細亜エレクトロニクス・武蔵野印刷などなど、戦前昭和の薫りに溢れた工場が用賀中町通りに面してました。商店街も地味ながら豚肉の美味さで定評のある『手塚肉屋』、京うどんの『葵』パイ生地の抜群なケーキの『フローラ』、昭和30年代の面影の残る『山本文具』などなど、用賀駅ビルの先端性とは真逆な長閑でゆるーい街並も健在です。

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