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2010年7月16日 (金)

広重・日本橋通り一丁目

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銀座から神田方面に抜ける通りは、江戸時代から日本橋通りと呼ばれていましたが、いつの頃か、中央通りといういかにも役所的な総称となってしまいました。

広重の版画に観られる手前の店舗は白木屋で当時は木綿小間物問屋としての隆盛を誇っていました。現在、その跡地にはCOREDOが建っています。

さて、その白木屋の前を歩く集団は住吉踊りの大道芸のの皆さんで、先を歩く木綿の着物を着た大道芸のグループの後に立派な日傘に隠れて見えませんが、女太夫が歩いています。白木屋の前では冷やし瓜、蕎麦の出前持ちと、これも夏のお江戸の風物詩が盛り込まれています。

一説には、木綿小間物問屋の白木屋と、行列して歩く大道芸人の木綿の衣装をかけた宣伝をも兼ねていると云うのですが・・・、これも広重の得意なタイアップ宣伝をかねた、商業振興策の裏技みたいにも思われますね・・・。

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