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2010年9月18日 (土)

二分した人気。昭和の野球人

Img_580153_33595969_11 18日からの巨人・阪神戦はセリーグの混戦が引きずっていて盛り上がること間違いなしですが・・・、私、今では観るばかりですが小学校・中学校と、ほぼ毎日が野球三昧の時期がありました。

左利きということ、父が文化系の人間ながら私に野球をすることを勧め、ほぼ毎日の庭のキャッチボールとノックに見舞われたことで・・・、昭和32年、小学校4年生のとき校内野球大会でピッチャーということになりました。その頃、世間の人気チームは巨人と阪神が飛びぬけていて(今も変りませんが)、学園内もこの二派に分かれ、相手を中傷すれば口論となり、子供ながら野球となるとキレる者も少なくなかったのです。

看板選手の川上哲治http://sohske.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_c64f.html・田宮謙次郎の二人は周りの選手とは野球に対する哲学・技術が違うように見え、老け気味の風貌でありながら敏捷な動きをするという落差の意外性からか、「カッコヨカッタ」のです。

当時、強そうに見えた阪神のストライプユニフォームを真似した少年野球チームが多かったなか、私のチームは真っ白で弱弱しく感じ、武蔵野少年野球大会での対外試合では、ひけを感じたりしました。

そのユニフォームは厚手の綿でできた柔道着同様、すぐ洗濯しないとカビだらけとなってしまいましたから、母などは、ユニフォームの洗濯に手間がかかることを嫌がってましたが、父があおって始めた野球ということもあって、きちんと洗濯してくれました。乾くとゴワゴワの触感で、襟などは擦れて痛く、夏場はそこに汗が滲みこみジリジリと焼けるなど、耐えるのも修業でありました。又、下に着る素材も濃紺の綿素材で、汗を吸い取る素材といえども通気性など皆無でしたから、夏の暑さで上半身は蒸される状態でした。

このユニフォームを着た夏の練習では、外野のフライを取り、すぐ内野に返球する練習もしたものの、暑さで目眩がしてフライの行方を見失うなど、当時から根性無しの軟弱でありました。練習場の木陰には母たちがお世話係りとして見てましたが、作ってくれるハッカ液の入った氷水が、大きなアルマイトのやかんから沸騰しそうな体内に入っていくと急冷し、全身シャキッとしたことを覚えています。

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