« 英国の秋 | トップページ | 谷中 韋駄天『崔 在皓展』 »

2010年10月20日 (水)

秋の気配

02 19702_2 秋の季節は芳ばしい焚き火の薫りが何処そこからともなく漂ってきて、嬉しい気分になります。

久我山に住んでいた頃の秋の愉しみは、隣近所に遠慮することなく焚き火の出来たことでしょうか。隣家との距離も離れている上、長いお付き合いの方ばかりでしたし、どの家もバシバシという音が激しいほどの焚き火好きな家ばかりでした。1970年代中頃には、数軒がいっせいに始まった焚き火の煙が激しかったのか、消防自動車が数台けたたましい音量のサイレンとともにやってきて、焚き火と分かり戻っていきましたが、かなり説教されたそうです。この時期、父は庭の落葉の掃除に毎日明け暮れ、縁台に座っては焚き火の様子を見極めながら、小まめに落葉をかき集めていました。久我山には植木職人の家が数多くあって、そのせいか、人見街道にも竹かご・竹箒・剪定鋏などを扱う荒物屋があり、小さい頃は父の使いで麻縄などを買いに行かされてました。

今では、こんな長閑な季節の愉しみなどできるほど街中はゆとりなく、おまけに住民の連帯感も薄れていますから、些細なことからトラブルの原因にもなり・・・、などなど、心にゆとりのないご時勢となってしまいました。

さて、里山の秋の写真を観ていると、小金井方面を自転車で走っていて、そっくりな光景に出くわしたことが思い出されます。シャカシャカと枯葉を踏むタイヤの音は軽やかながらも、自転車を愉しむ終盤期に入ったことを告げられたようでもありました。秋終盤でも綿の肌着の重ね着とセーターが当たり前の時代でしたから、午後二時過ぎに冷え込んでくると、フロントバッグから懐かしいマクレガーのジャンパーを取り出して着込むのでしたが丈の短さが如何ともしがたく、後ろからはみ出すセーターがぶざまでありました。

|

« 英国の秋 | トップページ | 谷中 韋駄天『崔 在皓展』 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/29019/32751294

この記事へのトラックバック一覧です: 秋の気配:

« 英国の秋 | トップページ | 谷中 韋駄天『崔 在皓展』 »