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2010年11月 2日 (火)

1962・BAR 学校

1962a 新宿御苑の近くにあったBAR・学校は詩人・草野心平さんが自分の趣味と実益をかねて開いていた飲み屋さんで、父とは戦前からの永い付き合いがあり、父はこの店に都合がつけば入り浸っていたのです。

草野さんの人脈からか、ここには詩人・画家・写真家・俳優・哲学者・評論家・音楽家・建築家などなど、夫々の分野で一家言ある皆さんばかりがほぼ毎日集結し、同時代認識に関わる、喧々諤々が終電車過ぎても続いていたのです。

私がはじめてこの店の扉を開けたのは父に連れられて行った17歳の時で、店内の紫煙に霞む雰囲気は、それまでの一般的飲食店とは違った『藝術の薫り』に満ちていたように思いました。たまたまこの店に来ていたニューヨーク・コロンビア大学のハロルド・ライトさんという方と隣り合わせになったのですが、何かの拍子にカントリー・ミュージック http://www.youtube.com/watch?v=qtJz_Wm-gG0 の話にお互いの好みが一致し、おおいに花が咲き、周囲の高尚な会話内容とは程遠いアメリカ南東部音楽の話題に盛り上がったのでした。ハロルド・ライトさんはフォークソングにも造詣が深かったのですが、その興味範囲は民族音楽としてのそれであり、アラン・ロマックスに関しての研究家でもありましたから、当時日本の学生に大流行しはじめたカレッジ・フォークの話などには、その大衆迎合商業指向の故か、眉をひそめるばかりでした。

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