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2010年12月31日 (金)

Boston Harvard Square

Boston_harvard_square_3 角地の入口が美しい本屋さんですが、両サイドに分かれたディスプレーも書籍以外のペーパーグッズが上手にミックスされ、さすが、ハーバード大学のお膝元、ボストンの本屋さんらしく、古いものと新しいものとの響き合いが素晴らしそうですね・・・。

入口の上にある店舗名の書体はFUTUREという書体で、ドイツ・ヒットラー時代に生まれたものですから、第二次世界大戦でドイツと戦った国々ではほとんど使われないし、嫌われたものですが、リベラルな知識層の住むこの町で、なぜか町に向かってよく目だっています。店内の蛍光灯の雰囲気からして1960年始めの頃でしょうか。やがて、リベラルな知識層と学生が団結し、アメリカ国家に対する変革・反戦の動きが活発になり、反戦フォークソングもこの町の至るところから聴こえ始めました。

ボストンではこの頃、ブルーグラスミュージックも盛んで、こんなバンドがありました。Charles River Valley Boys http://www.youtube.com/watch?v=1GNZUopyTZcというバンドは何となく都会的ですね。ボストンではありませんが、フォークの神様、ピートシガーと一緒に演奏する、Greenbriers Boys http://www.youtube.com/watch?v=wsjUzXDYEBc はニューヨーク中心に活動してましたが、同じ東部のインテリ層にブルーグラスが新鮮な音楽として感じ始めた頃のエネルギーが記録されています。若き日のジョン・ヘラルドのギター奏法に憧れましたし、マンドリンを弾くフランク・ウェイクフィールドもその後、ブルーグラス界のスターに上っていきました。 

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2010年12月30日 (木)

今年もお世話になりました。

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商業デザインや地場産品などに関わる業界誌・業界本さえ目を通すことも無く、ひたすら懐旧の情景に関わる写真集や展覧会のカタログばかり見入っていた今年ですが、繰り返し読み直した書籍類を棚から下ろして整理整頓を始めると、皆さんも同じでしょうが、ついついページを捲りだすと、もう、止まらない・・・のであります。

明治20年代の築地・海軍兵学校から飛ばした飛行船より撮影された東京の俯瞰写真を見ながら、池田弥三郎さんの『ふるさと日本』の中、「ふるさと銀座」「江戸と東京」などを読み出すと、写真と活字のイメージが不思議な波長でうねりだし、思いもつかない想像力が生まれます。池田さんはとくに銀座の栄枯盛衰の語りが白眉で、警鐘を鳴らしつつも、江戸っ子らしい潔いあきらめも併せていて、堪りません。一方の吉田健一さんは、ぶれないダンディズムそのもので、その「・・・ねばならない」観点で東京の昔のこと、食物のことなどをズバッと言い切られると、仰るとおりと言う以外の何ものでもありません。

そのほか、新内の岡本文弥師匠の随筆、松浦弥太郎さん・奥野信太郎さんのエッセイなども、今年の私には心のオアシスとなった一冊です。

しかしながら、年末の恒例作業とはいえ、本を脂っ気の無くなった両手でちょっとの距離でさえ運ぶのが、面倒くさいこととなりました・・・。

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2010年12月29日 (水)

捨てないで貼り込む。

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モレスキンノートhttp://www.moleskine.co.jp/は幅広い用途に対応できる独特のスペックがあり、一時深みにはまりあれやこれやと試したものの、やはり一番シンプルな無地のノートに落ち着きました。その間、無駄遣いとは承知で買ったスケッチブックは意外と厚紙のため、却って使いづらいこともあり、送られてくるポストカードや新聞切抜き、商店の包装紙などをアトランダムに貼り込んでいます。

殆ど昔のFailofaxのようにパカンパカンとなり、その重さも馬鹿に出来ず、持ち運ぶことも無く棚の中にしまい込んであります。今年で五年目となり、ついに最後のページも貼り終り、来年は第二巻となります。このスケッチブックを出始めた当時、そのトラッド雰囲気が嬉しくなって7冊買い込んだものの、残り6冊を使い切るまで一巻五年かかるとして、あと30年分あるというわけです。

最近のDMや展覧会の案内、フライヤーは一時のアバンギャルドながら洗練されたデザインのものが乏しく、安易に処理したデザインばかりが増えています。何でも簡単に出来るご時勢なのでしょうが、メッセージ・コミュニケーションツールとしてもっともプリミティブなものだけに、もう少し神経を遣って貰いたいと考えるご同輩も多いのではないでしょうか・・・。

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2010年12月28日 (火)

日本橋 駿河町

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江戸から東京に変わっても、富士山の絶景を望む人気スポットであった日本橋・駿河町の三代広重による景色です。清水喜助設計の為替バンク三井組ハウスは 明治7年2月に竣工し、その西欧姿はますます人気スポットとなり、そのおかげで、三越も大繁盛というわけです。

剛毅な日本の商家とのコントラストは当時としては破格の組合せで、当然、賛否両論もあったのでしょうが、時の勢いは欧化に重心が傾き、次々と重厚な西欧建築物が建っていきましたが、構造が木造というものも多く、多くは関東大震災までの寿命でもありました。

この景色の場所は今や、その片鱗のカケラもなく、日曜などはひっそりとしていますし、当然、皇居、富士山など見えるわけなく、日本人が生活でだいじにしていた気の流れも途絶えているような高層ビルの陰が哀しげであります。

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2010年12月27日 (月)

1959 サザエさん。

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昭和34年12月27日の朝日新聞掲載のサザエさんより。

51年前、小学校6年生の頃の年末のサザエさんを見ていて笑いましたよ。住んでいた久我山ではナショナルのチェーン店・久我山電気がテレビ・炊飯器・洗濯機の配達に追われていて、従業員も少ない頃ということもあって、年末の納品に大わらわでした。久我山の人見街道を南に歩き、急坂を上るとすぐ右手に明るい電気だらけの店がそこだったのです。やはりテレビの人気が一番でしたが、家電全般がおいそれと買える価格ではなかったのです。店主はウインドーに数台テレビを並べて、違うチャンネルの放送を流して購買心をあおるサービス三昧でありました。

この頃、やっと東芝洗濯機を購入してもらった母は、寒さにしびれる手から解放されたことを喜んでいたものの、この漫画の水切りローラー部分を多用して、洗濯以外にも使っていました。伸し餅はなかったのですが、趣味の押花にはずいぶん重宝していたようです。

隣の芦野さんの御宅はご主人が三菱重工のエンジニアということもあって、アメリカのGE社の洗濯機を研究のため自宅で使っていました。東芝製と較べるとそのスタイリングがイカシテいて、あのスカイブルーのマークが神々しく見えたものでした。攪拌する音もパワフルで、日本製の慎ましいスタイルと音とは別格の、堂々とした風貌に憧れていました。

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2010年12月26日 (日)

1910年(明治43年) 吾妻橋

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100年前の写真ですが、日本近代化の象徴であった橋梁・吾妻橋は鉄骨として日本初めての姿を世間に見せ、噂は全国に届いて、多くの見物客でごったがえしたそうですが、その雰囲気がよく捉えられています。橋からこちらに向かってくる皆さんは当然ながら、和服比率が高く、洋服は庶民にはまだまだ縁のないものだったのです。

洋風の吾妻橋・奥に見えるサッポロビール工場などこれまでの江戸風情も少なくなり、日清・日露戦争での勝利など、将来は花盛りと信じて疑わない庶民のいきいきした様子が記録されています。

奥のサッポロビール工場もその後アサヒビールとなり、バブル時期にフィリップ・スタルクの斬新過ぎて笑える姿に変貌し、当初その空気を読めないKYデザインの代表として、三面記事のネタになりましたが、経年変化で屋上の不思議造形も輝きにマットが被り、ようやく落ち着きました。と、思っていたところ、あれよあれよという間に東京スカイツリーが顔を出してしまい、ここから眺める公共的物件の混沌さがまた笑える景観となりました・・・。

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2010年12月25日 (土)

デザートのプレゼンテーション。

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カジュアルな生き方、カジュアルなファッション、カジュアルな食生活・・・と、カジュアルで簡便な生活が定着してしまい、優雅な立ち振る舞いなど平安時代で止まってしまったかの如く、巷の乱雑振りが気になります。地下鉄に乗れば、周囲に気遣いなく、背負ったザックもそのままですし、10代の学生は車中の真中でバックを床置きのまま、夫々携帯ゲームに熱中し、無言で不気味な空気が漂います。

と、呟くほど、すっかりカジュアルの解釈を曲解してしまった輩の群生しているのは、どうやら世界同時多発状況のようです。そんなときは、優雅に正統なホテルで正しい姿のデザートと珈琲を注文して、ゆっくりと午後のひとときを堪能するに限ります。

先日気になることがあり、世田谷図書館で、所謂、学術・文化・芸術に関わった著名人の写真を調べてみると、皆さん、60歳前半でもずいぶんと立派な風貌なのであります。カジュアルな現代では、隣のお姉さんのようなタレントがもてはやされ、昭和の大スターのようなベールに包まれた生活など、時代錯誤といわれましょうが、ふと久しぶりのホテル・オークラで長居をしていると、その静かな環境からか、往年の大スターがゆっくりと現れそうな錯覚に陥ります。

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2010年12月24日 (金)

Willie Nelson・これもクリスマスソング

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今ではビング・クロスビーの「ホワイトクリスマス」http://www.youtube.com/watch?v=GJSUT8Inl14 が聴こえてくることはめっきり少なくなったものの、子供の頃はこの曲ばかりが何処でも流れていて、吉祥寺のダイア街などでは、年末のせわしない街の雰囲気に似合わないスローなテンポが何ともユーモラスでさえありました。今では、CD一枚500円程度で駅中ショップで買えますが、誰も買っていかないようであります。

ところで、クリスマスソングといっても隠れた名曲もあって、さしずめ、Willie NelsonのPretty Ribbon http://www.youtube.com/watch?v=3pVndbiNs-A などその代表でしょうか・・・。その鼻に抜ける声に極端な好き嫌いが多いのですが、この曲ではその声が却って魅力となって届きます。Willie Nelsonはカントリーミュージックのギタープレィヤーとして苦労したあと、アウトロー・カントリーというジャンルを確立し、テキサスのオースティンを本拠地に国民歌手として活躍してます。愛用のひび割れたガットギターからむせび泣くようなサウンドが紡ぎだされると、もう、Willie Nelsonの世界に引き込まれています。http://www.youtube.com/watch?v=H7vaYOIKWYY

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2010年12月23日 (木)

まだまだ山茶花!。

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山茶花は白・桃・赤とその色相も様々で、根っからの植物音痴で育った私は椿・侘助との区別もつかなかったのですが、3年前、あるプロジェクトで歳時記の勉強をすることとなって以来、日本の四季の植物世界の範疇があまりに広く、奥深いことに気付いたのです。そんなことですから、最近は散歩・徘走しながらも路傍に咲く花を見つければ、近寄って観察するようになりました。

さて、その山茶花ですが、場所によっては既に咲き終わったものもあれば、このように咲き始めたものもあり・・・、と面白いものです。蕾から一気に開花したようで、まだまだ上を向いて元気な姿ですが、何よりその色彩の鮮やかさに驚きました。お日様との方向関係もあるでしょうが、順光・逆光の按配が絶妙で、この小さな花の中に光のミラクルが封じ込められています。山茶花の背景は、これも補色関係の典型である萌黄色・・・。このコントラストは野暮臭くなりがちな色相ですが、光の反射によって助けられています。

場所は、桜新町から玉川通りを越し、日体大に向う深沢の通りから一本左に入った古い和風住宅の垣根に、そおっと咲いていました。

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2010年12月22日 (水)

Filofax 使い続けて28年!。

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1982年に購入した、ロンドンのFailofax も28年という長い付きあいとなってしまいました。

初めてこの「バイブルサイズ」を手にしたとき、この一冊で何でも書き込め、何でも付箋できることの便利さにグッと来てしまい、それ以来、今日まで私の備忘録兼、アイディア書留帳として、幾度の紛失にもめげずカムバックしたことも含め、重いにも関わらず私と行動を共にしてくれました。

本体の革の染色も手に着かなくなるまで色落ちし、すでに金具は痛みうっかりするとリフィールが外れるのですが、そのまま修理もせず使い続けています。Failofaxは1980年代中頃からアメリカのHARPER HOUSEとテーストが違うものの、人気が二分され、私もその頃伊勢丹・趣味雑貨リニューアルに参画したこともあって、HARPER HOUSEの洒落たリフィールをごっそりと買い溜めしましたが、いまだに使いきれないほど残っています。今ではFailofaxとHARPER HOUSEを共存させてますが、その使い勝手は無骨ながら、信頼のおける道具(GEAR)となっています。

ところで、1980年代後半にFailofaxマニアだった方から長持ちさせるコツを教わり、年に二回ほど本体の革の縫い代の縁に沿ってボンドを塗ってます。乾くと透明になり樹脂のように固まるので捲れないできちんとしたカタチが保たれるということなのですが、今もお使いのご同輩は、試してみたら如何でしょうか。

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2010年12月21日 (火)

明治3年 東京名勝 日本橋御高札場之図

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郵便錦絵は伝統的浮世絵の技法と構成様式を継承し、その華やかさからか、今日も人気の絶えないシリーズです。

明治3年(1870年)、三代広重によるこの作品は、日本橋南詰のたもとにあった高札場を中心に賑わっている様子を活き活きと表してくれて、明治維新により急激な変化が生活の末端まで浸透してきたアクティブな風俗がみごとです。高札場とは、御触れ書き、道徳上の心得、駄賃、人足賃などを告知する掲示板のことです。この右横に目安箱がありますが、翌年、明治4年の郵便創業時の書状集箱はこの目安箱をヒントにつくられたとのことです。

よく観ていると、この錦絵に登場する様々な仕事の人々の服装が、もう何でもありというか、和洋入り乱れてのオーケストラのようでもあり、ご一新によって変革された自由の恩恵を浴びているようでもあります。

ただし、一点不可解なのは、目安箱の上に観える日の丸風の旗ですが、この黒いボーダーストライプは何なのでしょう。まだこの時代は、国としての国旗など決まっていなかったのでしょうか・・・。

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2010年12月20日 (月)

ホッパーさんの技術力。

Rimg29910_2 画材にカートリッジペーパーという吸水性の少ない水彩画用の紙があり、これを使って描いてみると、滲み・発色のコントロールが極めて難しく、筆使いなどの訓練をアスリートのように地道に毎日継続していないと、画面にその練習不足が正直に表れてしまいます。正に水彩画とは水を制御すると云った点からも水制画といったほうが相応しいのでもあります。

さて、エドワード・ホッパーさんの描く経年変化した岬の家屋も、カートリッジペーパーの特性を知り尽くしたみごとな技術が隠れ忍んでいます。この紙は吸水性の少ない分絵具の滞留時間も長いので、サッサと描きつつも次の段取りと展開も計算しながら構想していかないと、思わないところで色彩の混濁が出始めたり・・・と、なかなかやっかいな紙素材なのです。ホッパーさんには、カラッとした陽射しの中でそのような心配をせずに一気に仕上げたかのような潔さがあります。手前のしっとりした草原のボリューム感と、フラットな木造の板壁とのコントラストから遠近感画生まれ、モダンなホッパーさんの真骨頂が出来上がってくれました。

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2010年12月19日 (日)

Lonesome City Lights

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「この新店舗資料の中で、何処が一番商売的に良い場所か・・・、」などと問答しあうことが、商業店舗開発に関わっていた1980年代後半の日々のお約束であったものの、その殆どが今では姿を消し、僅か20年程の間に起きた栄枯盛衰の茶飲み話は、内容もピンからキリまで、抱腹絶倒も絡んで、言い換えれば、元気一杯の時代でもあったのです。

さて、1927年に描かれたエドワード・ホッパーさんの、人気の無い不気味な夜の街角は正に「哀しき街角」といったタイトル以外考えられない画趣に溢れています。この街の誕生とともに営業していそうなファーマシーは、周囲の店が節約のため電気を消そうとも、頑として「この店だけは街のためにも明かりを灯し続けるのだ」との気概をもって、消え失せようとしている街のオーラを食い止めているかのようでもあります。

さて、ホッパーさんの描く都会の寂寥感とは間逆な陽気なカントリーミュージック界にも美声の持主は多く、1950年代から生涯トップシンガーとして君臨したRay Price http://www.officialraypricefanclub.com/ はその代表歌手で、数多くの大ヒット曲の中に《CITY LIGHTS》 http://www.youtube.com/watch?v=xr79fOfP0dY があります。映像は1960年代初頭ですが、テネシー州のテレビ局の番組だけに、そのちょっと張り切りすぎのコスチュームと、周囲の田舎顔がちょっと嬉しい記録でもあります。Ray Priceさんもカントリーミュージック界で成功したものの、マンネリに陥りましたが、80年代にはバラード歌手として渋さ満点の歌唱力を引っさげて、都会派の円熟歌手として再浮上しました。http://www.youtube.com/watch?v=ESeyLLz82mE

http://www.youtube.com/watch?v=K5-kZytObfA

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2010年12月18日 (土)

魚眼の見え方

600pxfisheye_photo1 1967年頃、大学ではプロダクトデザインを専攻し、課題との格闘が続く毎日でした。課題の範囲も「電動ドリル」のような基本機構と外観だけのもあれば、「日本の工芸の現状と展開について」などという学生の範疇でない国内永遠のテーマのようなものもあって、デザインなどというせせこましい範囲を逸脱したものが多かったのです。

時代は右肩上がりのイケイケムードの絶頂で、作れば売れる頂点の時代でありました。プロダクトデザインは工業デザインと同意語のようなものですが、コマーシャルセンス(市場で商品としての存在に優位性ありかどうか)を自覚するか否かで、発想もディテールも変化してしまいます。純真なデザイン少年だった多くの新入生は学年が上るにつれ、世間評価の[厳しさとお粗末さ]の不条理にもまれ、メーカー研修や市場調査のアルバイトの経験を通しデザインのもつ意味と現実を知ることとなり、卒業する頃には企業戦士としてのインハウスデザイナーの卵として送り出されていったのです。

その頃、初めて眼にした魚眼レンズに、仰天。魚の生態研究を元に開発されたこのレンズは、正に魚目線のシミュレーションそのもので、初めて知るお魚さんの水面下からの俯瞰に目からうろこであったのです。大学の写真科では何台か購入したものの、人気のトップでいつも貸し出し中といった有様。平凡なアルバイトで買える代物ではありませんから、スリリングなスキーアルバイトを掛け持ちして購入したモサもいました。

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2010年12月17日 (金)

等々力の住まいかた。

Rimg33419用賀中町通りという、馬事公苑から上野毛通りの玉川警察署まで繋がる道路があります。用賀から目黒通りに抜けるにもこの道が一直線に近いものですから、頻繁に通ります。玉川署の信号をそのまま直進すると等々力三丁目となり、いきなり急坂のアップダウンが始まって、此処は自宅から最も近場でヒルクライムの穴場であります。

周囲は落ち着いた住宅街ですが、その中でも際立って美しく住居・庭が手入れされた和風住宅があり、私の知る限り、目黒・世田谷界隈ではダントツの『きちんとしたあるべき姿』を魅せてくれてます。

住まいとは、手入れ・掃除・補修など普段の心がけしだいでその耐久年数にも大きな差がでるそうですが、さしずめこの住まいは、春夏秋冬、その植栽が四季の薫りを放ち、周辺の皆さんも、きっとこの御宅の主がもつ住まいへの慈しみを感じ入っているに違いないのです。

もうすぐ紅葉もなくなりそうですが、サツキの緑にそっと落ちたもみじの葉、竹垣、大谷石、住居とのコントラストがこれほど自然体でみごとなハーモニーを奏でているとは・・・、いやはや、気持ちよいものであります。

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2010年12月16日 (木)

Rene Herse 普段の自転車にも品格が。

Rene_herse101 伝説の自転車を作ったRene Herseさんです。自分の店前で得意にしている普段使いの自転車の全体バランスの良さ、泥除けのサイズのみごとさなどなど・・・、うっとりしてしまいます。ガラスに1962年と書かれてますから、私が吉祥寺の東京サイクリングセンターに入り浸っていた頃です。

よく観ると、この自転車、クイックリリースのレバーがサドル下、ホイール周辺についていますから、どうやらコンパクトになる仕掛けの施された一台です。乗り心地に懸念する方もいるのでしょうが、創業者自ら自信満々の風貌でポーズをとっているのですから、心配などご無用なのであります。

さて、こう頻繁に自転車盗難の多発する日本では、普段使いの自転車を高品質なものにしようとする方など少ないのでしょうが、所謂、高級車と呼ばれる一台に乗ってみて、そこに天地の差のあることを実感してしまうと、自転車というシンプルにして、奥の深い道具の魔界に吸い込まれて、抜けられなくなるのであります。最小サイズにして最大効率を探求した各部品のみごとな納まり、異素材同士の組合せのセンスなどなど、男達が歳を重ねるに従い、どんどんとエスカレートしていくさまは、カメラ・自動車・建築・靴などにも共通する何かが隠れていそうです・・・。

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2010年12月15日 (水)

琳派なカンヌ

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1965年、梅原龍三郎77歳のときに描いたカンヌの景色です。日本人の絵画を終生追い求め、その圧倒的な力量と色彩の強さ、そして何よりも自由奔放なデフォルメ・・・、最近よく使われる表現をそのまま頂戴すれば「元気がいただける」のであります。

1908年には既にフランス・イタリアなどに留学し、ルノワールの藝術、ナポリ・ポンペイの壁画との出会いが梅原の生涯貫く絵画の方向を決定づけました。1909年にはカーニュのアトリエにルノワールを訪ね、「ルノワール師の画くのは見ることの喜びの余りの自然行為」、「画を成すものは手でない眼だ、自然をよくご覧なさい」と教えられています。

梅原さんの有名な富士山・浅間山・紫禁城なども、天性の色彩感覚が他の追随を許さないほど野趣に溢れてますが、このカンヌも、比較論としては琳派の流れといわれてしまうのでしょうね・・・。

高度成長期、友人の家に呼ばれると、玄関には額装の朱竹画、あるいは可愛いローランサンなどが多く飾られていて、梅原さんのようなパワー全開の画は、一般の家ではインパクトが強すぎたのか、さほど見かけなかったのです。それでも、企業から送られるカレンダーの世界では、右肩上がりを金科玉条としたこともあって、梅原さんのの勢いに溢れたパワー絵画は人気がありましたね・・・。

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2010年12月14日 (火)

鉄が来た!。

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秋山東一師匠のブログで、松本・島々間の廃線となった林用軌道と軌条(Rail)の話が三回続き、http://landship.sub.jp/stocktaking/archives/002894. http://landship.sub.jp/stocktaking/archives/002913.html http://landship.sub.jp/stocktaking/archives/002916.html この件で秋山さんと電話の閑談 を楽しんでいましたが、先週末、突然、この軌条の持主である安曇野の飛曇荘主人・宗亭正治氏より何と現物をカットしたものが、洒脱な絵葉書・胡桃と一緒に送られてきました。

すでにお持ちの秋山さんは、この軌条の錆を落とすことに躍起となっているようですが、私は錆の経年変化を景色として愉しむ「利休好み」の一人になりきり、錆を残すことにしました。「ピカール」をそっと垂らし、サッと拭き取りあとはそのままです。秋山さんとの電話で「文鎮、いや、重石として使いたいものです・・・」、などとオネダリ発言してしまったことを、秋山さんはそのまま宗亭さんに連絡されて、わざわざ、郵送していただいたというわけです。現物は実にカワイイサイズで手がかりも具合い良く、狙いどおり重石の役目を十二分に発揮してくれそうであります。

この軌条に残され、長きに亘る風雪に晒された表面経過の道程は、作為で生まれたものでなく、あくまでも、自然の成り行きに身を任せざるを得なかった悲しい歴史の証でもあります。

来春には林用軌道のあった場所に「お好きな方々」が集結するそうですが、日頃の運動不足を嘆くために行くようなことにならなければよいのですが・・・。

さて、軌条=RAILSというわけで、機関車をモチーフにした曲が浮んでしまいました。ブルーグラスのヴァイオリン演奏曲目として、高速メロディとオフ(裏打ち)のリズムピッチが超難関な、Orange Blossom Specialという名曲です。次々と登場するヴァイオリンのアドリブラッシュに、聴いていて肩が凝ります。 http://www.youtube.com/watch?v=9f_QySKfsgI

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2010年12月13日 (月)

1972年 伊勢丹の生活系デザイン

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197004伊勢丹・営業統括本部との連携による商品分類・サイズ調査・都市生活者の生活行動分析など、地道な調査研究活動が裏打ちされ、商品開発も家具から家庭用品、子供用品など多岐に亘ることになり、その結果、1969年・毎日産業デザイン賞に輝いた伊勢丹研究所・インダストリアルデザイン研究室は、70年代に入ると、いっそう、商品開発に拍車がかかりました。

この商品は、テーブルウエアですが、顧客要望として、収納しやすいものを・・・、というニーズに応えるべく開発されたものです。今もそうですが、食器の売れ筋の中心はフランスかイタリア、国産であれば、ナルミ・ノリタケなどの華麗な趣きの洋陶磁器が中心で、相変わらずハレの器として存在しますから、日々の生活感から生み出したこの商品の考えは良かったものの、あまりに効能をストレートに表現してしまい、売上的には厳しいものがありました。それでも、このような立派な新聞広告を打ってもらえるなど、PR環境に恵まれて いたのも確かです。

しかし、1970年代後半になると、「モノからコトへの転換」のたとえ通り、独自な視点で商品を開発していく役目がトーンダウンし、シーズンディレクションを通した小売業界情報編集に重心が移っていき、店頭の展開計画の業務と伊勢丹主導の平場商品編集が中心となりだしました。

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2010年12月12日 (日)

Buck Owenshは切れ味のある生ビールのようだった。

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1960年代に突如として、カントリーミュージック界に旋風を起こしたBuck Owens and His Buckaroosは、西海岸の乾いた音と陽気なリズムで、それまでの東南部を中心とした生活系のテーマが売りのヒルビリー出身者を一掃してしまったパワーがありました。私も10代後半から20代のはじめでしたから当然、レコードを買い漁り、初めての日本公演では裏ルートを駆使し、かなりのベストポイントで観ることができました。

今からしてみれば大音量のステージでなかったものの、中学時代に母と一緒に初めて観たマーティ・ロビンス、ロイ・エイカフなどのカントリーとはまったく違う演奏スタイルとメリハリの効いたビートとコーラス、そしてドン・リッチさんの切れ味鋭いエレキサウンドなどなど、まさに冷えた生ビールのようにスキッとした切れ味に浸っていました。しかし、長きに亘りレコードを聴いているうち、彼等のワンパターンが気になりだし、そのうち自然と聴くこともなくなりました。

友人たちとの宴の始まりは「まあ、とりあえずビール・・・」という枕詞が決まりなように、この時代は何をさておき、「まあ、とりあえず、バック・オーエンズの曲を・・・」という決まりが、カントリーの世界だったのです。

今はレコードも売り払い、青春の記憶としてお得な二枚組CDがあるものの、長く聴いてなかったのですが、先日ラジカセで聴いてみるとこれが意外と新鮮に感じ、彼の歌手以上にギタリストとしての職人芸を再認識したところです。

1963年の大ヒット曲は、ビートルズも歌っています。http://www.youtube.com/watch?v=-oBZu_bJp9c http://www.youtube.com/watch?v=fOpgL4mqEis

映像の上目遣いがとても気になりますが、1966年、この曲も大ヒットしました。http://www.youtube.com/watch?v=g1Ygm9bvjUE

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2010年12月11日 (土)

こっそりと・・・山茶花。

Rimg33310 「山茶花を  雀のこぼす  日和かな」  正岡子規   

サザンカ(山茶花) は、花の無い時期に咲く貴重なツバキ科ツバキ属の耐寒性常緑高木です。花色には桃色、赤、白等があります。同属同科の 椿 と似ており、見分け方が難しいので、両者の違いを下表にまとめました。サザンカは、葉縁がギザギザしており、花弁がバラバラに散るので、地面に落ちた花で確認するのも一つの方法です。サザンカも、ツバキと同様に、実がなり、油も採取されます。

一般名:サザンカ (山茶花)
学名:Camellia sasanqua
別名:イワハナビ(岩花火)、ヒメツバキ(姫椿)、ヤブサザンカ(藪山茶花)
科属名:ツバキ科ツバキ属
原産国:日本
樹高:50~1200cm 開花期:10月~翌年2月 花色:桃 ・赤 ・白 花径:5~7cm

世田谷区用賀の界隈を散歩していると、欝蒼とした林の中に山茶花が咲いています。椿・侘助・山茶花の区別さえ分からないので、近くにいらした上品な方にお聞きすれば、「これは山茶花です」とのこと。茶花としても定番の美しさは原産国が日本であるとはつい知らず、中国産かと 思ってばかりいました。

オペラローズとよばれる、かなり強いピンク色の色名がありますが、その色名に近い山茶花の色相はモノトーンになり出した冷たい光景の中で、こっそりと温かさを醸しだしています。

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2010年12月10日 (金)

可愛いクロックです。

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ただひたすら、美しくて明るい室内に合った掛時計・Ball Clockですが、日本の掛時計に観られる、野暮ったさのないのは、その高潔な精神を通して、デザインをもっとカジュアルなものにしたかったGeorge Nelsonさんの成せるデザインだからでしょう。この配色の展開などは何度も塗っては繰り返し、配置を変えては繰り返しの毎日で、さぞ熟慮されたことと思いますが、現在、その配色も多くの種類かあって、選ぶだけでも迷ってしまいます。

この時針と分針の造形のインスピレーションなどは、クラシックな目覚し時計にあるモチーフをデフォルメでもしたかのようにも見てとれます。

出来てしまえば、ただ「カワイー!!!」で済まされてしまいそうですが、この掛け時計も1957年に発売以来、今日も生産されているのですから、いかにオールディズデザインとはいえ、このシンプルでカラフルなデザインには、ほころびない普遍的魅力の鏡でもあります。

朝の爽快なテラスにあっても、朝日と木漏れ日の揺れ動く影に似合いすぎる、健康な配色でありますね・・・。

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2010年12月 9日 (木)

郵送物のデザイン。

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伊東屋に行って、正統な文具・専門性の高い品揃えが少なくなったことを嘆いているご同輩も多かろうと思いますが、この大店でさえも、女性をターゲットにせねばならなくなってきたこのご時勢は、少し哀しいものがあります。Rimg29177 一般文具のフロアーなどは、もう問屋任せなのか、ちょっと専門的な質問をしてみても、すぐカウンターに入ってカタログやモニターを食い入るようにチェックしてから、空振りの答えをする始末。この傾向は2年ほど前から顕著になりだし、私世代の得意客はいっせいに伊東屋から足が遠のいたという話であります。

さらに、一階のプロモーションスペースでは4年ほど前に開催されたフライターグの展開を最後に、ワクワクするイベントは消え、ブランドの確かな筆記具などの催事ばかりが増えてしまい、これも足を遠のかせた大きな一因であります。

この写真のような世界の郵送物の展示などは、以前であればプロモーションスペースの企画会議の俎上に乗ってもおかしくない内容ですが、売上至上主義となってしまった今の状況では、一発で却下されること間違いなしです。

この小包ボックスや配送伝票を見ていると秀逸なデザインが多いのにびっくりします。きちんとしたディレクションのもと、色彩設計とフォントの美しさは、コレクションのし甲斐がありそうですね・・・。

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2010年12月 8日 (水)

2011 DIARY

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毎年、暮が近づくとお決まりの来年ダイアリーを慌てて探すのは皆さんも同じでしょうが、クリスマス商戦同様、早いところですと9月下旬から展開しているお店もありますが、充実度が一気に増すのは10月中頃からです。しかし、時代の流れなのか、女性を意識したデザインがやたらと増えているのに、ちょっと洒落たメンズのダイアリーは一向になく、男性諸氏は定番の能率協会・マルマン・ダイゴーなどで我慢されているのでしょうか・・・。

長い間、銀座伊東屋で購入していたのですが、2年前のリニューアルによって、伊東屋の看板であった商品知識に詳しいベテラン社員が少なくなり、おまけに什器展開にゆとりなくその煩雑さから商品比較もままならず、今年は、他所の店舗を見歩き、ようやくこの二点をピックアップしました。

小さいサイズがHigh Tide Company http://www.hightide.co.jp/ というデザイン企画会社から出しているもので、程よいコンパクトサイズとグラフィックが若過ぎると思ったものの、東急ハンズで決めました。仕事柄、バッグに容れて煩雑な使い方にも耐えられる仕様が気に入り、小さいながら書き込み部分がたっぷりあり、大安・先勝なども分かりやすく納得です。

大きい方は、デスクダイアリーとして使うものとして、自由が丘・SIXにて見つけたものです。SMYTHON http://www.smythson.com/SmythsonSite/pages/home/default.asp に似ていなくもないシンプルモダンな表紙は控えめで、最近の賑やかな表紙ばかりの国産ダイアリーには稀有な誠実・簡素デザインです。こちらも毎日の書き込み部分が広く、たいへん具合よさそうです。

伊東屋には不義理をしてしまいましたが、小さい方に、長年使い続けた伊東屋直輸入・日本バージョンのRIDO Mini Planner http://www.ito-ya.co.jp/communication/story1.html を貼り付けました。長年の習慣から、ワークスケジュール一覧管理だけはこの蛇腹リフィールでないとダメなのであります。

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2010年12月 7日 (火)

柚子と木枯し。

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神保町シアター http://www.shogakukan.co.jp/jinbocho-theater/program/ozu.html の傍を通りかかると、いつもと違う若い女性ばかりが列をなしていました。どうやら、12月29日まで開催中の「小津安二郎の世界」が大当たりなのか、中高年も目立つものの圧倒的に20代、30代の女性が多いのです。

ちょうど昼飯時となって、ビルというビルから昼飯を早く摂りたいという小父さんたちがドッと飛び出してきて、この光景を嬉しそうに横目で流し、一目散にお目当ての店に吸収されていきます。この対比はなかなか不思議な一瞬でもありました。

馴染みの店での古書探しは、別冊太陽が目に入り「宮本常一」「土門拳」を二冊購入し、近場の『ささま』http://www.sasama.co.jp/top.htmlを覗けば、柚子の饅頭が可愛らしく店頭を飾ってありました。

何処の店も紅葉モチーフの生菓子が終わり、やや無彩色で寂しげな姿のものが多くなりますから、柚子の黄色姿に吸い込まれてしまいます。暮に近づくと多くの法人、お客さんでごったがえすこの店も、何故かエアポケットのように空いていて、慌ただしくなる前の息抜き状態といったところでした。家に着き、柚子に似合いそうな器を探し、木枯しに見立てた皿に載せてみました。

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2010年12月 6日 (月)

1970年代初期・伊勢丹の商品デザイン

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1969年に毎日産業デザイン賞を受賞した伊勢丹研究所・インダストリアルデザイン研究室は、一気に、問屋経由から地方メーカー直接にいたるまで、商品開発の依頼が増え、営業本部との調整を計りながら販売に結びつくよう、案件の絞込みを目論んでいきました。

1971年ごろには、通産省○優事業という全国の地場産業から厳選されたメーカーに、都市生活を楽しむ顧客に向けたデザイン指導を行っていました。持ち込まれた案件も家内工業のスケールからその地方を代表する企業まで、小さなお土産品から新素材の研究開発までと幅広く、最終的に機能・意匠・価格面で一定の水準に達したと判断されたあと、内部協議で合意に達したものはすぐ店頭に置かれ販売されましたから、作り手も必死でがんばっていたのです。この考えは、やがて15年以上経過して、バブルの真っ只中、西武の先進的日本の伝統工芸を世界に発信したJAPAN CREATIVEにも波及していきました。

このアルミの花器は1971年の商品で、アルミ成形押出技術を商品として転用できる可能性はないものかという依頼に応えたものです。まだこの時代は、金粉も眩しい重厚な色着せガラスや色鍋島・柿右衛門風の贈答向きな純ニッポンデザインが花器の圧倒的なシェアを握っていて、(今も変らず)その中で勝負しても売場で浮いてしまうのは火を見るより明らかでしたから、モダンカジュアルなリビング関連のショップを作らざるを得なくなり、Design Group Shop というあまりに直球すぎる名前の売場を、家庭用品売場のエスカレーター前という一等地につくることとなったのです。このショップをつくったおかげで、一気に、若い世代に向けた健全でカジュアル指向の食器・キッチン用品・インテリアファブリクスの開発に拍車が掛かっていきました。

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2010年12月 5日 (日)

Ella & Louis

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生涯付き合うことになる程、好きな音楽を見出せた方々も多かろうと思いますが、紆余曲折の多い人生の中、好きな音楽のあったことでどれだけ落ち込むことなく救われたか分かりませんね・・・。

私はフォークに始まり、一旦アメリカン・ルーツミュージックに還り、ブルーグラスミュージックという特殊にして特定な音楽に両足どころか両手まで浸かって以来、50年近い歳月が経ちました。ブルーグラス界にしても若い世代の台頭、他分野からの参画など、アメリカ東南部のバナキュラーな世界からインターナショナルに広がっていますが、若い頃のメロディラインの刷り込みがあまりに深いため、今もって、懐メロ指向から脱却出来ずにいます。

それでも、様々な音楽の中で飛びっきりの玉手箱を開けてしまったのが、このElla FitzgeraldとLouis Armstrongの共演によるジャズの世界です。今から25年前に偶然FMから聴こえてきた二人のデュエット、トランペット、アドリブなど、人間の五感をフル稼動した天衣無縫・天真爛漫世界を聴き、それ以来、とくに秋から冬にかけての木枯し荒ぶるこの時季となると、ほぼ毎日聴いています。

商業的にも大成功を収めた両巨星の音楽は、実に自然なクリエィティヴィティー尽くしであり、この国の音楽業界とは一線を画するものの、想像力・創造性は天性のものとはいえ、20世紀最高アーティストであることは間違いのない事実であります。

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先ずはご両人から。http://www.youtube.com/watch?v=io0uqrp9dco http://www.youtube.com/watch?v=ma91kie8G3A

Ellaさんの3曲です。http://www.youtube.com/watch?v=97p6gQnlO5Y http://www.youtube.com/watch?v=hRyDB4RWJdw http://www.youtube.com/watch?v=PlMWW4R1ZBM

Louis Armstrongの三曲です。二曲目はJohnny Cashとの共演です。http://www.youtube.com/watch?v=8IJzYAda1wA http://www.youtube.com/watch?v=wqc209-rwNI  http://www.youtube.com/watch?v=4Un7dWYDxOI

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2010年12月 4日 (土)

秋の色感・・・。

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年末ぎりぎりで部屋の整理をするのも急がしそうだし・・・、というわけで、午前中の時間を使い、納戸に潜り込んで、手付かずの荷物や不用品の開墾・発掘をはじめた途端、15年以上も使わずじまいだった、Winsor & NewtonのDrawing Inkが出てきてしまいました。一箱づつ中身の液体が劣化していないか確かめだすと描いてみたくなり、水彩画紙のCotmanに秋の紅葉の色でもと、ちょっと遊んでみました。

しかし、しばらく使い慣れていない画材の扱いは如何ともしがたく、とりあえず、パレットに色相順に並べ、混色具合を確かめつつ出来上がったのがこの姿です。

Drawing Inkはイラストレーターや絵本作家に愛用者の多い発色の鮮明な画材で、混色の美しさも素晴らしく、とくにWinsor & NewtonのものはアメリカのDr.Ph.Martinよりも彩度が微妙に抑え気味で、同社水彩絵具とのトーンもほぼ同じなところが気に入ってました。店舗計画の外観図に頻繁に使っていたものの、長い間放りっぱなしであったのですが、鮮明さに劣化の痕跡など微塵も無く、この辺りがイギリス製品の素晴らしい所以なのであります。

結局、肝心の不用品の排出どころか、もったいない精神が浮上してしまい、この日は何も進むことのない半日となってしまいました。

さて、色はCOLORということでふと思い出したのが、1960年代のイギリスのフォークシンガー・ドノヴァンの名曲「Colors」です。ラフなアメリカンミュージックばかり聴いていた頃、突然ラジオから流れた夫々の色のイメージを紡いでいくバラード調の旋律に、「洒落ているなあー」と感じた一曲です。 http://www.youtube.com/watch?v=GX3AnhefltM

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2010年12月 3日 (金)

カントリーが聴こえてくる。

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戦時中、父は名取洋之助さんが主宰していた名取機関の依頼で報道班員・従軍画家として、中国戦線の取材スケッチを遺しましたが、その殆どが荒廃した戦場や村落の様子ばかりで、視線が反体制そのものということもあって、これでは戦闘意識を高揚させる意図をもった大本営としても、新聞掲載するわけにも行かず、お蔵入りとなってしまいましたが、父もなかなかの策士の一面があり、どういう伝手を使ったのか、スケッチの大部分を日本に持ち帰ってしまったのです。

私がデザインを専攻している1960年代後半頃、苛めに近い多くの課題に奮闘している最中、父は名取洋之助著・岩波新書「写真の読み方」を持って来て、作業台の上に置いて無言で戻ってしまいました。後日、何気なく捲って棒読みすると、デザインどころか、生き方の視点の座に関わる至言が凝縮していて、この一冊は、その後の迷った時の視軸のマスターピースとなりました。

さて、戦争が勃発する前の1930年代に名取洋之助の撮影したアメリカのスナップは、もう完璧な広告写真のような空気が流れています。すでに車にもラジオが備わっていた頃ですから、聴えてくるのは、ビング・クロスビー http://www.youtube.com/watch?v=yYW3ZwkqlY8 か、カーターファミリー http://www.youtube.com/watch?v=42dWk_1VNUc  か、それともブルースカイボーイズ http://www.youtube.com/watch?v=z04aEM0cwE4 かと、勝手に解釈するのが素直な読み方でありましょう。

●名取 洋之助 (なとり ようのすけ)
(1910-62)東京生まれ。慶応義塾普通部卒業後、渡独。1931年から報道写真家としてドイツのグラフ雑誌で活躍した。1933年に帰国して報道写真を標榜する日本工房を結成し、海外への写真配信に携わる一方、『NIPPON』など対外宣伝グラフ雑誌を刊行。戦後は、『週間サンニュース』『岩波写真文庫』などの企画・編集・制作に携わり、晩年は中国の麦積山やアルプスのロマネスクの撮影を重ねた。1954年に日本写真協会賞功労賞を受賞。作品集『GROSSES JAPAN 大日本』(Karl Specht、1937年)、『麦積山石窟』(岩波書店、1957年)、著書『新しい写真術』(慶友社、1955年)他多数。没後、独自の報道写真理論が『写真の読み方』(岩波新書、1963年)にまとめられた。

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2010年12月 2日 (木)

1970年代・地道なデザイン。

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今ではカラフルなキッチン用品がめまいもせんがごとくデパート・リビング専門店に並び、この世界もポップ感覚真っ盛りでありますが、それを見ながらつい思い起こすのは40年近く前の伊勢丹の地道な商品開発としてのキッチンツールです。

何も百貨店がこのような生活密着系の道具をわざわざデザインする意図が分からないと仰るのも、ごもっとも・・・、当時は社内ノウハウがなくても、問屋・小売店の云われたまま作るのが得意なメーカーの多い中、コンセプトとデザインをぶれなく構築するノウハウは、間違いなく伊勢丹が一歩も二歩も進んでいて、生活に関する地道な研究はその環境から家庭内の道具・用品の分析まで、ほとんど網羅していたのです。

当時も今も、ファッションが百貨店の顔であることは変わりませんが、生活系のリビングは、トータルなデザインが家具から家庭用品まで筋道がなく、取引先の思うがままの商品しか扱えず、どこの百貨店も同じ商品で溢れて、そこには生活を機能性・審美性・持続性から見直した視点が欠落していましたから、このような地味でいて毎日出番のある道具の開発には、相応の時間とお金をかけていたのです。

暮しの手帖でも絶賛されたこのシリーズは、他にホーロー鍋のグループもあって、この鍋は、当時、全国大都市の暮らしを楽しむ家庭にかなり浸透していました。このヒットで製造メーカーは専用ライン工場を新設するまでなったのです。

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2010年12月 1日 (水)

表参道便り。

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秋の気配は一月遅れというか・・・、それほど今年の「秋彩る」は遅いのであります。逆に、仕事の方は重複によって、あっという間に年の瀬に迫ってきた感があります。

久しぶりの表参道の散策を楽しんだのですが、美しい秋の紅葉も、背景のガラスとメタリックなビルではその美しさも半減します。青山通りから明治神宮まで歩いてみても、街並と紅葉のベストアングルを見つけることが難しく、とうとうローアングルでオリンピアコーポを背景に欅の紅葉を逆光でスナップするしかありませんでした。取り壊しの噂も飛び交うこのマンションは1965年に完成し45年経過したのですが、今もそのモダンな姿が経年変化によっていっそうシックな風情となり、落ち着いた姿を醸しだしています。特に、参道に対し角度をつけた窓の姿が、何ともいえない雰囲気であります。

午後の時間は表参道側を歩かないとお日様の恩恵も受けられず、又、青山通りまで徒歩で戻り、大好きなDragonfly CAFEにて此処の人気メニュー、カレーライスをいただきました。ZUCCA http://www.zuccone.com/index.html のあるビルの二階にこっそりと営業しているこのお店は、ベランダでのんびり過ごすことが出来、風通りの良い素晴らしいロケーションを愛するお客さんで昼時は混んではいますが、それ以外は比較的静かな雰囲気です。帰り際、隣接するCOW BOOKSの古書を見回すと、店主・松浦弥太郎さんのお目にかなった三月書房の随筆シリーズ、吉田健一さんの単行本が充実していました。醜い物買い客ばかりが目立つ表参道から一歩奥に入るこの界隈は、長閑だった昔の南青山の気配が遵守され、落ち着いて気持ちよい散歩道でもあります。

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