« 1970年代・地道なデザイン。 | トップページ | 秋の色感・・・。 »

2010年12月 3日 (金)

カントリーが聴こえてくる。

1

戦時中、父は名取洋之助さんが主宰していた名取機関の依頼で報道班員・従軍画家として、中国戦線の取材スケッチを遺しましたが、その殆どが荒廃した戦場や村落の様子ばかりで、視線が反体制そのものということもあって、これでは戦闘意識を高揚させる意図をもった大本営としても、新聞掲載するわけにも行かず、お蔵入りとなってしまいましたが、父もなかなかの策士の一面があり、どういう伝手を使ったのか、スケッチの大部分を日本に持ち帰ってしまったのです。

私がデザインを専攻している1960年代後半頃、苛めに近い多くの課題に奮闘している最中、父は名取洋之助著・岩波新書「写真の読み方」を持って来て、作業台の上に置いて無言で戻ってしまいました。後日、何気なく捲って棒読みすると、デザインどころか、生き方の視点の座に関わる至言が凝縮していて、この一冊は、その後の迷った時の視軸のマスターピースとなりました。

さて、戦争が勃発する前の1930年代に名取洋之助の撮影したアメリカのスナップは、もう完璧な広告写真のような空気が流れています。すでに車にもラジオが備わっていた頃ですから、聴えてくるのは、ビング・クロスビー http://www.youtube.com/watch?v=yYW3ZwkqlY8 か、カーターファミリー http://www.youtube.com/watch?v=42dWk_1VNUc  か、それともブルースカイボーイズ http://www.youtube.com/watch?v=z04aEM0cwE4 かと、勝手に解釈するのが素直な読み方でありましょう。

●名取 洋之助 (なとり ようのすけ)
(1910-62)東京生まれ。慶応義塾普通部卒業後、渡独。1931年から報道写真家としてドイツのグラフ雑誌で活躍した。1933年に帰国して報道写真を標榜する日本工房を結成し、海外への写真配信に携わる一方、『NIPPON』など対外宣伝グラフ雑誌を刊行。戦後は、『週間サンニュース』『岩波写真文庫』などの企画・編集・制作に携わり、晩年は中国の麦積山やアルプスのロマネスクの撮影を重ねた。1954年に日本写真協会賞功労賞を受賞。作品集『GROSSES JAPAN 大日本』(Karl Specht、1937年)、『麦積山石窟』(岩波書店、1957年)、著書『新しい写真術』(慶友社、1955年)他多数。没後、独自の報道写真理論が『写真の読み方』(岩波新書、1963年)にまとめられた。

|

« 1970年代・地道なデザイン。 | トップページ | 秋の色感・・・。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/29019/35657712

この記事へのトラックバック一覧です: カントリーが聴こえてくる。:

» 再び番組降板!宮崎宣子アナの放送事故動画! [再び番組降板!宮崎宣子アナの放送事故動画!]
「Oha!4 NEWS LIVE」(おはよん)を降板した日本テレビの宮崎宣子アナ放送事故を限定公開!! [続きを読む]

受信: 2010年12月 3日 (金) 午後 09時35分

« 1970年代・地道なデザイン。 | トップページ | 秋の色感・・・。 »