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2011年1月17日 (月)

高輪鉄道錦絵 1871

1871 何だか、意図的に派手で賑やかな貨物列車が走っているなと思ったのは間違いで、実際に新橋横浜間を走っていた英国製Dubs型の列車の錦絵です。左は八ツ山橋、中央奥が御殿山、右は高輪という設定ですが、見物人の風俗もすかり欧米化し、素っ頓狂な趣きが無きにしも非ず・・・、ご一新も4年も経てば、もう何から何まで開国一辺倒の方向がありありであります。しかし全国的には、旧攘夷派武士のなかで不平分子たちが情けない姿で街をうろついていた頃でもあり、そのコントラストも半端ではなかったのでしょう。着々と進行する海外インフラブランドの導入に歯止めはなく、和魂洋才的建築物も全国次々と建てられ、明治41年、正面の御殿山には岩崎弥之助により三菱・関東閣の荘厳な建物が現れます。今も変らぬ日本人の、変わり身の早さ・些細なことにこだわらない・どうでもよいことは時の流れに任せる・・・など、処世術の表れでありますね。

この錦絵を通して、東京湾側からも、御殿山が桜の名所として名高かった頃の景観が分かります。

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コメント

本件に無関係で申しわけありません、面白いページが
ありましたので、添付します お役に立てば幸いです。

http://blog.free-park.jp/?cid=9223

投稿: JP | 2011年1月17日 (月) 午後 01時32分

ありがとうございました。
勉強になります。alpshima

投稿: JPさん。 | 2011年1月18日 (火) 午前 10時24分

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