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2011年1月31日 (月)

侘び寂び貨物車輌 アメリカン

Rimg30973 元気な頃は、目一杯働らいたものの、その元気も知らず知らずのうち衰えだし、自覚した頃には現役リタイア・・・、今や地域のお役に立つようボランティア活動に没頭・・・。何か一生懸命、遮二無二牽引してきた高度成長期の現役が、効成り名を上げ、悠々自適に余生を過ごしているかのようにも観えますね。

雨・嵐・雪・竜巻・雷などなど、様々な厳しい出会いも、経年変化したボディの味わいが物語っているように、全て、丸く治めてしまった大人の風格があります。

SOUTHERNの英文字がみごとと言いたくなるほど、この侘び寂び貨物列車(Freight Train)にフィットしてますね・・・。

FREIGHT TRAINの曲、TRAIN SONGの名曲といえば数々あります・・・。http://www.youtube.com/watch?v=OsyiTD9ENB8

http://www.youtube.com/watch?v=7Svm_Vnntyk

http://www.youtube.com/watch?v=_QonA-4NwQ4

http://www.youtube.com/watch?v=VNo0cGi1xZU

http://www.youtube.com/watch?v=gbzc77Tz6PA

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2011年1月30日 (日)

広重・雪景 トリッキー

Photo_2 和漢朗詠集『雪中山水之図』と題されたこの画面は、実在したものかどうか、わかりませんが、かなり、広重お得意の民家の屋根と雪山を相似形に見立てた感があります。いってみれば、広重の様式美でありますが、バランス感覚に長けたセンスがここにも生かされています。

装飾的に配置された山の斜面の松のあしらいがあってこそ、この画面に緊張感が立ち込めています。

蓑を着た人はすっかり冷え切った体に鞭を打って、民家までもうひと息といった処までやって来ました。橋の向こうの民家は無機的に描かれているものの、人気を感じてしまうのは、観る者がこの旅人の気持ちに乗り移ってしまったからでしょうか・・・。

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2011年1月29日 (土)

『吹雪』 鼠志野 加藤唐九郎作

48 湯呑茶碗は日々の暮しで四六時中、よく使われる器ですからさほど高価なものは必要とされないのですが、これが、お茶の世界にシフトすると俗界の基準など関係なく、ひとりの人間と炎との奇跡による創作物と成り代わり、生活実感からの価格帯など考えては失礼千万なのであります。

50年以上の昔ですが、親戚の家に父に連れられて行くと、私が煎餅好きということを知っていて、醤油のシンプルなものや、砂糖をまぶしたものや、抹茶を振りかけたものなど、きれいな竹編の皿に盛られてでてきました。その中の白い砂糖に覆われたお煎餅のきれいなイメージが記憶にあって、この茶碗『吹雪』そっくりなのであります。

この茶碗、加藤唐九郎が生涯追及して止まなかった『志野』の中では、優しい穏やかな傑作ですが、桃山時代の志野を摸作しているうちに、独自の境地に達し、ダイナミックな造形をものにしました。高台をふくめた全体の姿・長石釉薬の溶け具合・鉄釉薬の絵付・緋色の全体に占める出方・・・、いかに陶芸が炎任せということがあるにせよ、唐九郎は炎の力・動きさえ事前に察知したかのような出来っぷりを生み出しました。(参考 太陽:加藤唐九郎)

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2011年1月28日 (金)

和紙に黒インクで挑戦・・・。1958年頃

この絵を描いたのはRimg25982 1958年頃でしょうか。それまでのマジックインクや鉛筆画にもそろそろ飽きだし、父の見よう見まねで、黒インクを和紙に描き込んだものです。ほんとうはこの上から透明水彩で彩色するものですが、黒インクと水彩が溶け合って生まれる独特な滲み効果の調子が気に入らないこともあって、子供にしては枯淡感覚溢れる無彩色な渋好みとなっています。

描いた場所は小学校・夏の学校で水泳鍛錬とお勉強を叩き込まれた千葉岩井海岸近辺ではないかと思います。

当時住んでいた久我山の周辺にもこのような藁葺き屋根の農家が点在してましたが、何となく重々しい雰囲気が馴染めず、一方、海に近い土地の建物は風通しの良さそうな開放感があって、この家を覗きに行っては、そこら中に放置された緒道具を手に触れてみてました。東京では考えられない大音響の蝉の唸り声に、びっくりしていた頃です。

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2011年1月27日 (木)

温かくて剛毅なTom T Hall

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Country MusicというよりもAmerican Musicと呼んだ方がどれほど相応しいか・・・。Tom T Hallさんはシンガーソングライターとして、「分かりやすくて心に沁みいる」音楽を数多く発表しています。難しいコンセプトなど無視し、ひたすら美しいメロディラインとシンプルな歌詞に徹した姿勢は音楽職人の鑑でもありますし、他の仕事に携わる皆さんのお手本でもあります。

日本の音楽番組は常にヒットチャート至上主義で企画のかけらもない番組ばかりですからTomさんの音楽など掛かりようがありません。それでも、ピーター・バラカンさんの企画が冴えるインターFM「バラカンモーニング」http://www.interfm.co.jp/barakan/にでも登場しないかと、鶴首しています。この番組は良質な音楽を既成の概念を越え、ピーターバラカンさんの独自の視点で捉えた選曲が愉しみです。これまでも、多くのブルーグラスやカントリー系の音楽が彼のお目にかなっています。

Tom T Hallさんの名曲から。http://www.youtube.com/watch?v=d1svVMFwaOw http://www.youtube.com/watch?v=s4s3bT-Gk6I&feature=fvst http://www.youtube.com/watch?v=Wr4y2_BqHYg 

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2011年1月26日 (水)

影が暖かい・・・。

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たしかに寒いですねえ・・・。

とはいうものの、家に閉じこもっているわけにもいかず、寒風吹きすさぶ中、そそくさと出かける途中に気づいたことがありました。陽射しがある程度反射する素材の外壁や歩道は、光の暖かさを感じるといういとも単純なことなのであります。そんなこと、冬場だからいえることで、夏場は熱が溜まって堪ったものじゃあない・・・、といわれるのを承知ですが、いかに素材選択というものが、人間の心理に及ぼす影響が小さくはないということであります。

さて、此処、田園都市線・用賀駅の再開発は、かなり大規模であったのですが、完成したその姿は、洋風・和風とも関係ない、かなりグレード感の高いモダニズムの恩恵を得、スケール感のある駅となりました。植栽計画もみごとなまとめとなっていますが、残念ながら自転車駐輪場だけは予測を越えた違法状態となり、周辺の商店街にも溢れ出し、強制撤去を巡って世田谷区と都民とのいたちごっこが続きます。

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2011年1月25日 (火)

1970年代・デザイン

19 禁煙やら分煙やら・・・、喫煙者にとっては長きに亘る辛い扱いが続いてますが、その昔、1970 年頃は、殆どの会社は朝から紫煙の立ち込める、ヤニにまみれた輩の集団で営まれていました。休憩所にはホーローのカラフルなものから重厚なガラスにいたる灰皿、上司の海外土産のオニキス材の灰皿などまで千差万別、洗う方も順番で当番化し、終業後、タバコをブリキバケツに捨てて水を掛け始末していました。

1970年中頃には余暇時間の充実化が叫ばれ、結果、カジュアルな家具が流行しはじめ、そうなると、カジュアルな灰皿などホーロー素材以外は皆無に近く、arflexのプラスチック商品がセンスの良さで俄然光っていた程度でした。当時の灰皿売場の需要の殆どは、新築祝か記念品需要中心のアイテムでしたから、旧態然としたデザインばかりでカジュアルなデザインの入り込む余地などなく、それは花瓶売場もまったく同じ状況下でありました。

その頃、メラミン樹脂の高度な成型技術をもつメーカーと伊勢丹でオリジナル化したのが、写真のものです。灰皿のポイントは、消す時の灰の始末と捨てガラが目立たないことですが、スタッフ三人夫々にデザインを任せたため、あまり足並みのよくない出来栄えとなりました。神経質なディテール処理も、タバコを吸う気分のゆらぎ感がないことなど問題でしたから、私は撮影のとき、ちょっとイマイチなこのシリーズにホノボノ感を出そうと苦慮し、高校時代の友人に頼んでイギリス BENLINE の、いかなる強風があろうとも一発着火し、燃え尽きても軸棒は崩れない最強マッチを手に入れ、私の好きなヘビーデューティ世界をDMにこっそり紛れ込ませてしまいました。このマッチは伊丹十三氏の本で知ったのですが、パイプを愛する船乗りの御用達でもあったそうです。現在は製造されていません。Ben_line_label1_3

因みに、NANA・BEBE・COCOという商品名は、ベテラン女性スタッフのニックネームをそのまま借用したものですが、どう転んでもこのスタイリングと一致してませんね・・・。

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2011年1月24日 (月)

1892年(明治25年)雪の御茶ノ水

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総武線など走っていない時代の御茶ノ水は、神田川を挟んで湯島台と駿河台の土手からの景観がみごとであったのです。眼下に昌平橋・万世橋を望み、その先には上野・浅草を・・・、南方面を向けば富士山まで見渡せるその眺望絶佳は、江戸から続くパノラマ展望のメッカでもありました。

時代は明治となり、武家屋敷の敷地はそのまま御一新に貢献した公家・元勲など叙勲した方々のステータスアドレスに変り、擬洋風建築が所々咲き出して、それまでの光景も一変していくこととなります。さらに近代国家として土木力を発揮するために東京の橋も急激に一変していきます。

重厚感溢れた石積橋や装飾を施した情緒的鉄橋が新規に作られる中、この御茶ノ水橋はトラス構造を魅せ、今と較べてもそのシンプルモダンな軽量感覚が洒落ていますね。この頃、物流は相変わらず掘割中心であったものの、徐々に、橋・鉄道のネットワーク化などで川から陸へと移行していきます。

この写真は遠くに見えるニコライ堂が出来て1年後ですから、まだまだ周囲の環境との調和も無視し、ミスマッチも甚だしいと揶揄されたのでしょうが、ニコライ堂そのものは西洋建築となまこ壁を混交させるなど、日本人お得意の折衷表現ですからさほど酷評されなかったのでは・・・。雪景ならではの墨絵並みのモノトーンの素晴らしさが堪りませんし、モノトーンと色彩の対比こそ誇るべき日本美だとすれば、この写真などもその代表ですね。

橋のたもとで見物している皆さんもそろそろ冷え切っているでしょうから、近場のしゃも鍋か蕎麦でもいただきに出かける頃合になりました・・・、と、いいたくなるような雰囲気の写真でありますが、現在は風光明媚なパノラマは期待出来ず、鉄道マニアの「お決まり写真」の定番ポジションとなっています。

なお、下の写真は22年後、1914年(大正3年)の撮影です。この写真から想定すると、御茶の水橋は、神田川から見える眺望を重視したデザインがなされたと思われますね・・・。

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2011年1月23日 (日)

1971 神田川 久我山二丁目

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未整理中の箱から突然見つかり、「 出てくるのが遅いぞ!」と叫んでしまった、1971年久我山の神田川の岸辺を、家の北側の崖に下りて撮った写真です。

確か1970年から神田川護岸工事の測量が始まり、1972年頃には現在観られる姿に成り下ってしましましたが、この写真には、江戸時代からほぼ変らない神田川の穏やかな光景が記録されています。神田川は川の水位と地面との差が少なく、独特の風景を醸し出していましたし、川辺に広い平坦地があって、そこでは釣り人も多く、愉しんでいました。何と、川下の高井戸では鰻も獲れていたのですから。

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1950年代までは、神田川を渡るには、丸太二本を荒縄で縛りつけただけのスリリングな橋を渡らなければならず、子供時分は、相当な覚悟を以って渡らなければ、一面の田圃には行けなかったですし、崖地には楢の雑木林が続き、この光景は井の頭公園まで続いていました。太平洋戦争末期に、近くにあった高射砲陣地で撃墜されたB-29の残骸が散乱していて、ジュラルミンの金属片はこの近辺の家に、記念品的感覚なのか、必ずといってよいほどあったものでした。大雨でも昭和30年代前半までは洪水状態にならなかったのですが、神田川周辺の宅地造成が顕著となって、神田川に流れ込む下水も増え、その結果、雨となれば水位が上がり、やがて田圃も全滅ということなりました。この写真でも田圃の土手は形状が認識できるものの、田畑の跡形は無くなって、一面の草ぼうぼうであります。

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2011年1月22日 (土)

谷内六郎 『雪』 1949

1949 この絵はシンプルな描き方にもかかわらず、そのイメージの広がりに、全身が深く吸い込まれるようです。

少女が窓越しに舞い降りる雪を、憧れるバレリーナと想像したファンタジーな世界に惹き込む谷内さんの発想は、日常の生活から独特な詩情が生まれるため、誰しもがそのテーマとモチーフを理解することが出来るのです。あの週刊新潮の叙情的表紙には、多くのサラリーマンが水曜日・朝のKIOSKで癒された筈です。

私などはこの絵を観ていると、戦争映画『地上最大の作戦』に登場する落下傘部隊の映像を思い出してしまいます。あの場面では、落下傘が真っ黒な背景に白く浮き上がり、その姿は牡丹雪のように見えたのです。

不透明水彩絵具を駆使していても、画面は奥の奥まで見通せる透明感で溢れていますね・・・。

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2011年1月21日 (金)

金柑は眩しい。

Rimg34089 この時季、垣根越しに柑橘系の実が生っているお宅を見ると、羨ましくなりますね。陽射しをいっぱいに受けた場所とそうでないとでは、実の育ちぶりが違うのは当然でしょうが、この深沢の金柑は遅咲きのようですが、みごとな色付きでした。正面に陽射しを浴びると本当に黄金色に輝き、まん丸な実はお宝のように見えてきます。金柑は夏に咲く白い花もきれいで香りも高く、最近は茶花としても人気のようですが、私は、陽射しを受け金柑の実がたわわな木の姿の方が好きなのであります。

俳句・短歌などにも人気のモチーフで、その詠われるイメージも千差万別でありますが、代表例でも・・・。尚、金柑は歳時記的には秋のモチーフだそうですが、これほどの天候異変が長引けば、現実とのづれは止むを得ないでしょうね・・・。

老いて割る巌や金柑鈴なりに 西東三鬼

金柑やにはかに鶏の目は昏るる 中 拓夫

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2011年1月20日 (木)

1957年1月20日 朝日新聞『サザエさん』より

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1957年(昭和32年)頃の白黒テレビの普及率は、まだ8%にも満たない時代でした。それでも、「約束手形券」を発行して、実質的分割払いを実施する松下電器チェーン店の拡販戦術を駆使した「久我山デンキ」のおかげで、杉並区・久我山の町は徐々にテレビアンテナが林立し出しました。http://www.nipponstyle.jp/column/nttr/column_01.html

http://www.akiba.or.jp/history/3.html

私の家は1956年にテレビが来ましたが、それまで静かにラジオを聴いて、想像力だけで野球・相撲・プロレスなどを愉しんでいましたし、本を読んだり宿題・予習に専念するなど、この私も「よいこ」であったのです。

しかしテレビが来て以来まったく生活スタイルが変り始め、先ずは父が夜になると編纂仕事に没頭しているアトリエから食卓のある部屋に来て、巨人戦の野球を食い入るように観るようになったことでした。私は、当時の子供の人気スポーツ・大相撲が愉しみで、贔屓力士は、信夫山・鳴門海という、これまた既にメジャー指向でなく、変わり者であったのです。寒風の中、学校から急いで帰り、炬燵に入りながら観戦する相撲は、まだその展開の遅さも気にならなかったのですが、間もなくアメリカのポップス音楽が流行りだすと、そのスピーディさに子供も惹き込まれ、徐々に相撲から遠ざかっていきました。その後一気にアメリカの人気番組が増えだすと、その羨ましいような生活環境がブラウン管を通して伝わり、翌日の登校後、教室での話題は前日のテレビの話ばかりとなっていきました。

また、「テレビばかり観ていると勉強が疎かになる」などという風評から、PTAのお達しで父兄に渡すよう、テレビを見る時間制限・好ましくない番組などの「ガリ版刷リスト」を担任の先生から預かるのですが、色気づきだした男子はそれを両親に見せることなく、バレるまでは知らん顔でありました。

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2011年1月19日 (水)

カリジェの表現

0105 子どものそり大会のために、そりに素敵な飾り付けをしようと、協力するウルスリとフルリーナの兄妹。 ウルスリは、そりに飾る毛糸のふさを手に入れてくるようにと、フルリーナをふもとの村までつかいにやります。フルリーナは寒くて雪も降っているのにと、嫌がったのでしたが…。

『大雪』は、ヘンツの物語にカリジェが絵を添えた作品。
タイトルのとおり、冬に読むのにぴったりの素敵な一冊です。
おはなしの途中には、大雪に見舞われたフルリーナがなかなか帰ってこないという、はらはらどきどきする展開が待ち受けているのですが、 このあたり、頭で考えただけの描写ではなく、ヘンツとカリジェ、実際の山暮らしを知る二人ならではの、たしかな筆づかいに圧倒されます。
山の冬の、厳しくも楽しい子どもたちの暮らし。
この絵本からは、雪のおそろしさと美しさ、植物や動物たち自然の生き物のたくましさが、ひしひしと伝わってきます。

『フルリーナと山の鳥』と同じく、見開きの右側にカラー絵、左側にテキストとモノクロの線画がレイアウトされていますが、カラー絵の美しさは言うまでもなく、 ちいさく描きこまれたモノクロ絵も、見逃せない味わい深さです。

アロイス・カリジェが1955年に挿絵を担当した『大雪』は、50年以上経った今も人気の高い良質な絵本です。10歳の頃、父のアトリエに置いてあったこの絵本の原書をパラパラ観ていて、絵画集の絵とは異なる地方色豊かな表現と色使いに、惹かれていました。スイスの山村で毎年開催される子供のそり大会に向け、飾りつけする兄妹の些細なできごとの話ですが、カリジェの素朴で優しい絵の表現からは、スイスの豊かな村の風景が目の前に大きく展開していく力を感じとりました。原作者と画家との響き合いがみごとに納まった20世紀のマスターピースです。

今も私にとって、仕事中、ついつい手にとってしまう『良心の手本』であります。

大雪 (大型絵本 (2)) Book 大雪 (大型絵本 (2))

著者:ゼリーナ・ヘンツ
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2011年1月18日 (火)

不思議な面々・桂林掃討作戦

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父は、戦前プロレタリア美術に関わっていたこともあって、当局から睨まれ、全国を写生に旅行していても、特高が監視して、「その気味悪さといったらありゃーしない」と生前、よく言ってました。お国のために何の役にも立たない人間を当時の国家体制側としても、放っておくほど柔ではなく、終戦の前年、1944年には報道班員として、かなりの激戦地で取材活動とスケッチをしていました。

この写真は、父が同行した陸軍第十一直轄挺身隊を桂林掃討作戦終了後に撮影したものです。皆さん、不思議な格好をしてますが、これこそ、前線で最初に敵地に乗り込んで、諜報活動から破壊工作の極秘任務を任された、特殊部隊の面々です。これまで、中国戦線の写真にはこのようなスナップは登場してませんでしたが、それもそのはず、終戦と同時に戦地では資料という資料はほぼ焼き尽くし、日本に持ち帰ることなどご法度であったのですから。この写真を、父が直接持ち帰ったかどうか定かではないものの、現在遺された記録写真として、この一枚から、当時の陸軍の指揮命令系統を含め、現場の状況がリアルに記録された証拠写真であることが考えられ、間違いなく貴重な写真のようです。

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2011年1月17日 (月)

高輪鉄道錦絵 1871

1871 何だか、意図的に派手で賑やかな貨物列車が走っているなと思ったのは間違いで、実際に新橋横浜間を走っていた英国製Dubs型の列車の錦絵です。左は八ツ山橋、中央奥が御殿山、右は高輪という設定ですが、見物人の風俗もすかり欧米化し、素っ頓狂な趣きが無きにしも非ず・・・、ご一新も4年も経てば、もう何から何まで開国一辺倒の方向がありありであります。しかし全国的には、旧攘夷派武士のなかで不平分子たちが情けない姿で街をうろついていた頃でもあり、そのコントラストも半端ではなかったのでしょう。着々と進行する海外インフラブランドの導入に歯止めはなく、和魂洋才的建築物も全国次々と建てられ、明治41年、正面の御殿山には岩崎弥之助により三菱・関東閣の荘厳な建物が現れます。今も変らぬ日本人の、変わり身の早さ・些細なことにこだわらない・どうでもよいことは時の流れに任せる・・・など、処世術の表れでありますね。

この錦絵を通して、東京湾側からも、御殿山が桜の名所として名高かった頃の景観が分かります。

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2011年1月16日 (日)

1954年 父のお面

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小学校に入学した1954年(昭和29年) http://www001.upp.so-net.ne.jp/fukushi/year/1954.html のクリスマスに開かれた会は、独り、あるいは仲間が必ず、プレゼンテーションをしなければならず、かなりプレッシャーもあったと記憶しています。3411954五人の男子は、皆、井の頭線で通っていた仲良しグループで、犬のお面を被ってますが何の出し物だったかは覚えてません。それでもこの会の前夜、父は厚紙で犬のお面を作ってくれ、最初は画家の手によるものらしく立派な顔つきのお面でしたから、母や私がNGを出し、数回試作した結果、このような、それなりの子供風お面と相成ったのであります。

絵日記をはじめ、私の小学校時代の記録をことごとく保管していた父ですが、このお面まで取っておいてくれたとは、嬉しいことです。おそらく、最初で最後の息子への工作物だったからかも知れません。

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2011年1月15日 (土)

この世界も古さに頼る。

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所謂、宝飾貴金属の世界でもファッション寄りのブランドは、毎月・四季別などなど、キメ細やかな商品政策と販売展開に独自のコードを持ち、このノウハウだけが差別化の羅針となりうるのです。最近は、ドレッシーでエレガントな売れ筋以外にも、わざと粗めの素材感を強調したり、アイテムとして新ラインを展開などなど、これまでのブランドが構築してきた路線を自ら放棄するくらいの覚悟がなければ、生き残れない様相を呈しています。

あのティファニーでさえ、昨年夏には、中古カメラと古い絵葉書をディスプレーして、旅のメッセージを訴求していました。これまで、古いものとの組合せなど考えられなかったこのブランドでさえ、この有様。時代はますます、古き佳き時代の贈り物を欲しているのかも知れません。しかし、このディスプレーを担当した会社の方はまったく時代考証を見誤ってますね。せめて、絵葉書とカメラとの時代の整合性は合わせて欲しかったのであります。

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2011年1月14日 (金)

エレガントな波止場。

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1937年、ニューヨーク港に到着するQueen Mary http://www.youtube.com/watch?v=J5W3CDrjoxA の美しすぎる姿です。今では考えられない格差社会の象徴でもあった豪華客船を迎えに、多くの見物人がうごめいていますが、皆さんの身なりの素晴らしさに見入ってしまいます。

個人主義の典型でもあるファッションは1960年代からカジュアル化に一気にシフトし、あのお仕着せも甚だしいクールビズ以降、現在はもう想定外の恥ずかしい身なりのレベルまで墜落した感があり、田園都市線・半蔵門線に乗っていても、環境としての人間の尊厳さえ放棄してしまった風俗に囲まれて、辛いものがあります。ここ数年、若い世代に男女関係なく帽子が流行しているものの、昨年夏のストローハットなどは、1956年頃の太陽族のような下品なデザインが幅を利かせ、洒落た大人の身なりとは程遠いものばかりで、銀座さえも江ノ島のような気配になっていました。

この写真に記録された紳士淑女のファッションは、上品さが際立っていて、ファッションが社会秩序や生活環境の一環であると考えられていた時代の証ですね・・・。T(Time)P(Place)O(Occasion)に対する気配りは永遠の御約束事に違いないのですね・・・。

この時代のイメージに合ったCLASSIC JAZZを、独断でピックアップしました。

http://www.youtube.com/watch?v=njzqv5gWt6k

http://www.youtube.com/watch?v=PRrARSnGzxQ&feature=fvsr

http://www.youtube.com/watch?v=IREZzvRcLpg

http://www.youtube.com/watch?v=lz1_gHUu7HE

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2011年1月13日 (木)

やっと初乗り!。

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毎年のことですが、年が明けると箱根駅伝が何といっても一番の楽しみで、復路のゴールに近づく3日の昼頃は、例年、日本橋界隈に自転車で出かけ、その走るスピードの凄さに驚くことを楽しんでいましたが、今年は親戚への挨拶が3日となり、果たさずじまいでありました。

今年に入っては風の冷たさばかりが気になるので、自転車に乗る気もなく、ひたすら部屋の中で手軽なチューン・アップに勤しんでましたが、さすがに居た堪れず、先日多摩川を走りました。昨年の最後に走ったのが12月5日でしたから、一月以上のブランクがあり、体重も増加し、走っていてもイマイチ、キレの悪さはどうしようもありません。多摩川堤はすっかり冬枯れで丸坊主状態ですから、川風は直接顔面を襲い、その刺されるような冷たさは、いかに自転車の好きな私でも、早く切り上げたくなります。

この日は、用賀から瀬田・行善寺坂を下り、二子玉川からガス橋まで下り、そこから丸子橋まで戻り、田園調布から自由が丘を抜け、戻ってきました。寒いとはいえ、自転車好きな中高年はしっかり防寒ウエアを身にして走っているのですが、若い連中は殆ど見かけることもなく、この世界でも肉食系比率の高い、シニアパワーがさらに増加の一途のようであります。

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2011年1月12日 (水)

傑作な「コミュニケーション事典」の切口

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バブルの時代は、功罪が混交しあい、マスコミ的には、ただの悪ふざけの時代と一喝されてますが、金の有り余った時代には思わぬ副産物も生まれました。誰も買いそうも無い地味な事典ですが、これが大傑作!。その切口は鶴見俊輔・粉川哲夫の編集により人間をも、場として位置づけ、そこに集まる・集められる一切合財をコミュニケーションとして言い切ったことが、この事典を独断ながら普遍的価値のある一冊として、今も色褪せないのです。特筆すべきは、この事典に協力した執筆者にはアカデミックな学者が殆ど登場せず、史観に一家言もちつつ現場で叩き込んだ実体験のある人が圧倒的ですから、風俗事典としての読み物として、昨今の小説よりも格段と面白いのであります。http://www.rakugo.com/furuya/whycom.html

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2011年1月11日 (火)

絵葉書・1955 陸前高田市 広田町

Rimg16126 Rimg16127 1955年、父は祖父の足跡を訪ね、東北地方に取材を兼ねて出かけました。先だって、スケッチブックに残されたデータのない風景画とともに、絵葉書が段ボール箱から出てきましたが、そこには、この時代の長閑な東北地方の景色などが記録されています。

私は小学校の修学旅行が東北で、猪苗代辺りで戻って来ましたから、さらに北になる陸前近辺の様子など、全く未知の世界でした。修学旅行から帰り、地図を観て、如何に東北地方が縦長に広いかを実感したものの、その後、宮城・青森には縁のないまま、今に至っています。

まるで宮本常一さんの記録資料にも出てきそうな岩手県陸前高田市 広田町・柏港の絵葉書には、テレビアンテナの林立する以前の美しい港町景観などが写され、過ぎ去った過去の豊かな世界が蘇ります。

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2011年1月10日 (月)

Y字路物件は稀少です。

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安野光雅さんの水彩画は、どこの町を描いたのか、データが分からずじまいです。いわゆるY字路好きな皆さんには嬉しい画面ですが、通りのスケールがなく、左手はどん詰まりのような地勢で、斜面もきびしそうですから、日々の生活はかなり、くたびれそうであります。

一方、世田谷区瀬田の大山街道分岐点のY字路・木造物件は都内でも特筆すべき位置にありました。左を行けば行善寺坂から多摩川堤に出る方角で、二子玉川再開発が終り大規模商業ゾーンが動き出すと、この分岐点もそれなりの抜道として利用されること、間違いなしです。右に行けば眼前に丹沢から富士山を望む絶景が展開し、以前、路面電車が走っていた時代の写真スポットとして有名な地点でありますし、多摩川花火大会の穴場スポットでもあります。瀬田のような開放感のある場所のY字路物件は珍しく、自転車で抜けると風が吹き上げてきて、気持ちよさはサイコー!であります。

残念ながら、この物件は既に解体され、不思議な色彩のコンクリート躯体の建物となってしまいました。木造の写真撮影は五年前ですが、周囲の環境と不思議にマッチしていた建物は左手にある桜の満開の背景として、抜群の雰囲気を醸しだしていました。

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2011年1月 9日 (日)

Don Williamsは渋くて洒落ている。

Tn_donwilliams1 他の音楽ジャンルや芸術と同様、カントリーミュージックの世界には、ポップス指向の歌い手が多いのも当然ながら、自分の表現を突き詰め、ぶれることなく一本調子のごとく歌い続けている歌手も少なからず存在しています。

このDon Williamsさんなどは、売れ筋音楽も得意でありながら、その渋く枯れた歌声で男の哀愁を歌わせれば堪らない寂寥感を表します。その声にしびれてしまった世代を超えたフアンは多く、私もそのうちの一人であります。アイルランドの名バンド・チーフタンズhttp://www.youtube.com/watch?v=Vtp4adNTP0Y との競演による秀作もありますが、私はDonさんのソロを極上なものとして聴いていますhttp://www.youtube.com/watch?v=4zE8Z5yuRNE  http://www.youtube.com/watch?v=26kqgyMjyKM 。歳を重ねる毎に魅力が増し、渋さに洗練さも加味された男の歌う表現には、閉塞感にまみれた都市の虚無な空気を一掃するほどの力が漲っていて、正に、祖父母の時代から使われてきたカーペットのように、光沢と経年変化が程よく混ざった声なのです。

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2011年1月 8日 (土)

American Roadside Artifacts

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作家であり、世間のものの観方に普遍性のある異説を唱え、遊んでいる赤瀬川原平さんが発見したトマソンhttp://www.rose.ne.jp/~perceus/thomason.html http://www.st.rim.or.jp/~tokyo/thomason/という概念は、海の向こうのアメリカにも普及したのか、アメリカの幹線道路沿いにある、(過ぎ去った栄華の時代の名残が風化され、単独で存在している)寂しい姿はまさにアメリカ版・トマソンであります。経年変化した質感・RAGGED とも共通なこの手の有様は、今やファッションから建材にいたるまでトレンドを越えたひとつのスタイルとして定着し始めたようですし、東京に見られる新店舗にも、この風合比率が高いように思われます。

さて、成熟時代から衰退期に突入しだした感のあるNIPPONですから、まさに衰退を象徴するかのこれらの写真は洒落にもならん・・・などとお叱りを受けそうですが、茶の湯を中心に侘び・寂びの趣きをよしとする傾向が連綿とあるものの、「侘びたるはよし、侘ばしたるはわるし」との名言で、〈無為はよし、作為はわるし〉と見据えた千利休の明快な切口は藝術の本質を貫き、極少表現を以って言い切ってますね・・・。

これらの写真はすべて、元々作為のあったものが消し飛び、無為の成せる業が生んだ格調のある風景であります・・・。

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2011年1月 7日 (金)

2k540 AKI-OKA ARTISAN

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Rimg33810 JR東日本都市開発プロデュースによる、『ものづくり』をテーマにした商業施設が、山手線・秋葉原駅と御徒町駅間のほぼ中間点、蔵前橋通と交差する高架下に誕生しました。

施設名 2k540 AKI-OKA ARTISANとは、JRが起点とする東京駅から2k540mに位置する施設で AKIHABARA と OKACHIMACHI の間にある職人ARTISANの街という意味です。http://www.jrtk.jp/2k540/

工房と店舗が一体化した手作り商品から、受発注も可能なメーカーのパイロットショップまで、その業界・業態もバラエティに富むぶん、徘徊する側には面白い発見が多発しそうです。此処は東京の職人のものづくりだけかと思っていると、九州・福岡の高取焼窯元なども出店していて、意外性も持ち合わせています。まだまだ、商業環境としては未熟なことも多く、徐々に是正されていくことでしょうが、先ずは、このような環境をJRが支援したことは大いに、評価されて良いのでは・・・、と感じたのであります。

世界的に手作りが見直されるなか、若い世代が伝統性と斬新性の交響という大テーマに挑戦し、先ずは、此処から世界に飛び立っていくことを期待したいものです。

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2011年1月 6日 (木)

 瀬戸黒茶碗 加藤唐九郎 昭和36年

36 安土桃山期に出来た茶陶の名品は、美術的に見ても勝れたものだということは、世界的に誇っていいと思う。あの時代が共通して持っているものは、不完全趣味である。不完全なものの中に美しさがあり、不完全なものの中に強さがある。(加藤唐九郎『かまぐれ往来』より。)

瀬戸黒は別名「引き出し黒」。焼成中に窯から引き出し、急に冷却させて作るのでこの名がついた。かつて天目茶碗を焼く時に、釉薬の溶け具合をチェックするための色見として引き出したことに由来する。漆黒色の釉調は奥深く味わいがある。好んで瀬戸黒茶碗を焼いた唐九郎は、黒という色のもつ精神性に惹かれたのではないか。(太陽 特集・加藤唐九郎より)

この黒茶碗に眩しいくらいの抹茶色が淹れられ、簡素な木と土と紙の空間の中で静寂なひと時が展開されれば、これは男の茶会ですね。元来、殺伐とした戦場の一角に作られた結界から始まったお茶は、敵対する大将同士の講和の場であったそうですから・・・、華やかな女性ばかりが活動する現在のお茶の世界はいつ頃から始まったのでしょう・・・。

さて、この茶碗、単純な円柱型の真ん中に見える胴ひもと呼ばれる段差から生まれる陰影は、茶室の下地窓からかすかに射す光を受けた姿であり、庭の草木の動きを投影して光が動き始めさえすれば、戯言さえも哲学領域に聞こえてしまう男の閑談場に化してしまうのです。

先ずは男性諸氏!。夜の閑談も宜しいのですが、とにかく、初釜に出かけましょう・・・。

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2011年1月 5日 (水)

Ruggedな世界は無限大!。

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少し昔のはなしですが、愛着のあったジーンズの裾が擦り切れ、この部分を何とか直せないかと、購入した店の店長に相談してみたものの、「買った方が安いですよ・・・」、などと一蹴され、それ以来、その店の商品を買うことなど無くなってしまいました。

裾の解れた部分に別の生地を当てて、前よりもぐっと勇ましくなれば嬉しいのだが・・・という程度のリクエストにも関わらず、新品至上主義の店長は、今、隆盛を誇るRAGGEDな生活スタイルから生じる様々な現象・風俗・デザイン・装飾など一連のムーブメントに鈍ったアンテナが感知しなかっただけのことです。

リサイクルマーケットに始まり、多種多様なモッタイナイ・マーケットが週末になれば開催され、何処も大賑わいの様子ですが、人気の中心はやはりジーンズや、T・Shirtsなどのお気軽でインパクトのあるセルフカスタム性に富んだアイテムのようです。このカスタム性に富んだジーンズメーカーであるKAPITAL http://kapital.jp/ などは小売業からの出店依頼の多さではダントツかも知れません。このRUGGEDな風俗を仕掛けた雑誌・Free & Easyは、一貫して軟弱世相に反旗を翻し、重厚長大なモチーフとディテールを追いかけている剛毅なライフスタイルを好む読者にフォーカスしたメンズマガジンですが、一般には毎号同じような内容に見えていても、マニアックな読者には僅かな違いこそが生命線なのであります。最近は日本独自の製造技術を踏まえた衣料に重心が移りだし、他所の雑誌では採り上げないディープな取材姿勢がコアな読者の心を揺さぶっています。そのうち、生活全般にまでテーマが拡大し、日本の住まいに対する新しい切口さえ、提案しかねない様相です。

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2011年1月 4日 (火)

Andria Garland [ Sore Muscle Rub]

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ニールズヤード・レメディーズhttp://www.nealsyard.co.jp/ の梶原建二さん http://ameblo.jp/nealsyardremedies/ がロンドンから戻り、桜新町にて久しぶりの新年・閑談を愉しむことが出来ました。

私とは26年前の伊勢丹時代、Filofax http://www.filofax.co.uk/ をはじめ、DANESE http://www.danesemilano.com/ NAVA http://www.navadesign.com/enter.php のステーショナリー、日本初のダイソン掃除機 http://www.dyson.co.uk/ などを趣味雑貨売場で展開するなど、若さとヴァイタリティーに溢れた時代背景を受けて、それまで百貨店が見過ごしてきた趣味ジャンルの再構築・再編成をお互いに模索してきた同志であります。現在、ロンドンの高級住宅街HAMPSTEADに住まわれ、アロマ関連の事業のコンダクターとして指揮棒を振りつつ、OAKというショップを立上げ、英国的ハンドワークの作品を展示販売しています。

さて、久しぶりにお会いすると、いきなりカバンから出してきたのが、このブリキの缶です。私のモノに関する嗜好をよくご存知な梶原さんですから、「洒落たハーモニカでも入っているの?」と思ったのですが、実はこの缶、昔の自転車乗りには絶対必携なパンク修理キットが入っていたものです。それを、今の時代の感性なのか、効能に実績ある筋肉痛を直す軟膏が中にぎっしりと詰まっています。香港のお土産、タイガーバームのようなものと思っていただければお分かりでしょうか。日本であればこのような他社の古い缶に容れて販売することなど考えられないのですが、そこがロンドン的なのでしょうか、古いガゼットでも優れたグラフィックであればそのまま使い、自社の軟膏の成分などは添付印刷物に任せたり、面白そうなサイトでも見てくれればよい・・・、といういかにもインターネット時代の商品であります。http://andreagarland.co.uk/  http://andreagarlandshop.co.uk/category/Vintage_Range,b.html

マスマーケット的効能の軟膏でありながら、わざわざ、マニア垂涎なヴィンテージパッケージを再利用したその姿は、自転車乗りなら「買わずにいられるか」と思わず叫んでしまいそうなワクワク感でいっぱいなのでありますよ・・・。

新年は箱根駅伝が終り、穏やかな天気を待ちながら、皇居に自転車初乗りにでかけます。もちろん、うかつに首筋にちょっとでも塗ってしまうと、冬風に当たり、その冷たさにびっくりすることは当然のことでありますが、この缶も一緒にでかけます。

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2011年1月 3日 (月)

新年から小理屈を・・。

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新年のお雑煮もこのような器でいただきたいものでありますね・・・。

所謂、魯山人好みの写しの漆器ですが、モダンな意匠がいつ見ても飽きないのは「絶対意匠」といわれる、これ以上でも以下でもないという「ゼロの領域」だからでしょうか。

何がゼロなのかと問われれば応えようのないのがこの世界の常・・・、それ以上追求されてもあとは禅問答のエンドレスが空回りするばかりです。

さて、あえてこの器のどこがゼロかと問われれば・・・、ひとついえることは、これまでモノ自体のデザイン評価が、ハードのみの審美性・機能性・完成度・訴求度・官能度などなどで語られ続け、モノを取り巻く関連環境にまで神経が回らず、しかもデザイン界の時代錯誤がそれを良しとしなかったことでしょうか。例えばこの器。これに盛られる料理を想像してみれば、細工の美しさを誇る京料理のような世界から、野趣に富んだ荒ぶる沖縄料理にいたるまで、多彩な相手に違和感無く悠々と宴席を盛り上げる実にマルチでシャープさとエレガントさが同居しているモノです。来るものを拒まずという例えの如く、魯山人の考案した意匠とは、相手がどんなであれ相応に対応できる器量の大きさにあり、それこそ正に「ゼロの領域」に達しているのです。

ということは、「ゼロの領域」とはどんな相手に対しても失礼なく立ち振る舞いできる、粋なお姐さんのようでもあるのです・・・。

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2011年1月 2日 (日)

ホットドッグはTully's Coffeeで決まり!

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自転車で世田谷から都心に向う場合、朝食はプロテイン系のものを摂ることに慣れてしまい、高蛋白・低カロリーな朝の食事から遠ざかってしまいました。

概ね、世田谷から三宅坂まで青山通り経由の最短で32分程度ですが、渋谷までは覆いかぶさるような首都高速道路と併走するのが損をした気分にもなると思い、最近は、わざわざ遠回りでも目黒通りの広い道路と朝陽を正面に浴びる解放感に魅かれて、専らこちらを走っています。

日曜日は、車も少なく安心して走れる目黒通りから桜田通り・日比谷通りを経由して、神田・本郷・駒込まで一気に北上する頃には小腹が減り、こんなとき、軽い食事を摂ります。今、最もはまっているのがTally's Coffeeのプレーンドッグとカフェラテで、元々ハンバーガーよりはホットドッグ派ですからいろいろな店のホットドッグを食べましたが、今はこの店以外、見向きもしません。先ずはパンそのものが美味しいこと・トッピングのピックルスの酸味と甘味のバランスがみごとなこと・ソーセージの美味しさがぐんを抜いていること・・・。

食後も、もたれず、せっかちな私が食後すぐ再スタートしてもまったく快適なのも嬉しいひとつであります。このチェーンは出店計画にこだわりがあるのか、街並と客層設定に他チェーン以上の物差がありそうで・・・、何処にもあるというわけにもいかず、自転車乗りとしてはそのことが見つからないストレスとなって、いやがおうにも飢餓感を助長させます。

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2011年1月 1日 (土)

余計なものなどひとつもない。

Photo 2011年 明けましておめでとうございます。今年も拙ブログをご贔屓に宜しくお願いいたします。

さて、ここ数年、魅力の乏しい商業環境ばかりが台頭したものの、地道なものづくりを放棄したセレクトショップばかりがもてはやされ、方やユニクロ系のファストファッションも商品の魅力など無きに等しく、街中がユニクロだらけの往来となっては、ピークも過ぎたのではと勘繰り、そろそろ、剛毅な感性の商品開発が生まれそうな気配があるのでは・・・、などと思っています。

まあ、世の中は徒然なるままという如く、なるようにしかならないのですから、重箱の隅を突っつくことは止めにいたしましょう。

先ずは元日に相応しい、1946年にGHQのカメラマン、ディミトリー・ボリアさんが撮影した、片瀬江ノ島から望む富士山です。江ノ島界隈も、今や短絡的観光振興の発想で、ばらばらな建物、色彩監理のない街並など、私など居るだけでくたびれてしまいますが、この頃の光景は、広重の描いた世界と何ら変っていないのです。和船からよしずの小屋にいたるまで、凛とした自然の素材感が、柔らかい穏やかな景観をいっそう惹き立てています。

江ノ島水族館にはじまり、集客のアイディアを出し切ったものの、落ち着きのない観光地になってしまった江ノ島ですが、この写真は江ノ島神社の神聖な庇護を受け、神様のおかげで生きているといった素朴な信仰心の強い人々で溢れていた、最後の時代の記念かも知れません。

私の住んでいた杉並区久我山からも、昭和30年代までは富士山を望むことができ、夕陽のシルエットとなった漆黒の富士山は、広重の描く富士山とまったく同じでありました。

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