1935年 札の辻の店
昭和30年代中頃までは、一般の母親のお出かけ姿といえば、圧倒的に着物姿でした。通っていた学校の父兄参観日や父母会などに出席する同級生のお母さんの姿は殆どと言って良いほど、和服姿でしたが、私の母親は大正11年生まれながら167センチという大女で、女子高時代はバレーボール選手でしたから、私の小学校時代から洋服一本やりで、優雅な周囲の母親姿とかけ離れた外人風が、子供心にも気になっていました。
そういう時代ですから、どんな小さな町にも複数軒の和装屋さんがあり、主は町会長を務めたりと、郵便局とともに名士の店であることも多かったようです。ところが、高度成長時期と重なり合うのか、徐々に東京オリンピックを境に洋風化が暮しの中心になりだし、一気に町の風俗が長閑な人の動きから、活発なものになりかわります。
さて、1935年(昭和10年)、この港区三田・札の辻の桜田通りに面したお店は、染物屋さんでしょうか。東京湾からの風が涼しげで、町に風の抜ける様子が伝わり、艶やかな柄の浴衣なのか、風にたなびいていて町に自然の動きが生まれています。この界隈も今や様相が一変し、湾沿いの高層ビルのあおりで、ヒートアイランド、ど真ん中といった場所に成り下がりました。
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