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2011年2月25日 (金)

1970年代 雑貨デザイン

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1970年代中頃から、百貨店の自主ブランド化に基づく商品開発がにわかに活発化しはじめたものの、これを受ける産地や良質メーカーは限られていたため、出張などで出向けば、守秘義務などアバウトな時代でもあったので、競争相手の百貨店の企画商品が棚に丸見えといったことも、日常茶飯事だったのです。

この頃から、問屋には悉皆屋(しっかいや)のような相互調整力がなくなり始め、販売価格決定権は顧客に最も近い小売業が掌握するようになりました。

この写真は、伊勢丹のオリジナル家庭雑貨グループの中でも、販売実績のある木製品に焦点を定め、栃木県日光市・今市市の優れた建具メーカー・木皿メーカーに製造していただいた、テーブルウエアとしての木製品シリーズです。ルーターマシン・塗料などが飛躍的に進歩し始め、生産方式に左右されない、自由なスケッチだけでサンプリングできたのには、感動的でもありました。

カジュアルでヘルシーなライフスタイルが台頭し、ジーンズ売上が百貨店でも馬鹿に出来なくなりだした時代であり、ファッションは無論のこと、食品から生活用品まで、カジュアル指向の影響は延々と今日まで繋がっています。

悉皆屋(しっかいや)とは

「悉皆」とは「これ皆」という意味です。
古くから呉服業界にある職種で、呉服屋や顧客と染物屋、仕立屋、染み抜き、洗いなどの様々な行程のプロデューサー兼コーディネーターです。
広範囲にわたる人脈や知識とセンス、それに注文主の意向を汲み取る理解力が必要です。

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