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2011年2月16日 (水)

辻まことが石の湯の主を描く

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桃源郷のようなスキー場だった志賀高原・石の湯スキー場はリフトの設置も遅く、私が初めて訪れた1964年頃は、すべて徒歩でなくては何ごとも始まらず、そのおかげで足腰の鍛錬は人一倍させていただきました。

ゲレンデは自然の丘陵を活かし、丸池のようなきれいなゲレンデではなかったものの、冬以外に、夏も秋も志賀の自然を満喫できる草木の生い茂る山でありました。

このゲレンデを取り仕切っていたのがヤマウラ・タカアキさん。スキー学校で教わった技術をことごとくけなしては、「山のスキーはそんなに甘いもんじゃねえ」と一喝され、翌日の早朝、深雪のパウダースノーの中を自由自在に泳ぐように滑りまくるのを、石の湯ロッジのベランダから見ていました。得意そうにゲレンデから帰ってくると「どんなもんじゃい」と言わんばかりの、やんちゃな小父さんでありました。

辻まことさんがヤマウラ・タカアキさんを描いた一枚には、その深雪を泳ぐように滑る感じがよく捉えられています。やや北斜面な石の湯ゲレンデの立地も影響あるのですが、粉雪は本当に粉のようで、スキーシーズンを通し、よほどの強風悪天候以外、セーター一枚で快適でありました。

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コメント

山スキーといえば深雪の中を豪快に滑り降りるものですが、私も秋田で育った幼少期はすべて歩いて登り膝まで浸かりながら深雪をかき分ける滑り方でした。サングラスをかけたコーチの先生がやたらに技術にうるさかった。高校一年で初めて新潟石打スキー場に行ったら人が多くて驚き、ゲレンデが滑りやすいのにもっと驚きました。

投稿: sasaki jin | 2011年2月16日 (水) 午前 08時04分

先ずは、渡邉敏雄さん、グラミー賞残念でしたが、日本人のプロデュースとして後世に伝わる快挙でしたね。
さて、深雪の快適さはその水分含有量に反比例するでしょうが、この石の湯ゲレンデの深雪はまるで空中を泳ぐような浮遊感でいっぱいでしたよ。場所的に混み合うスキー場ではなかったのですが、海外の名スキーヤーがお忍びで訪れる情報がどこからか洩れて以来、熊野湯あたりのスキーヤーが流れて、混む様になりました。

投稿: sasaki jinさん。 | 2011年2月16日 (水) 午前 10時06分

今年の夏、ハコちゃんの所でタカアキさんのこの絵を拝見しました。そういえば、タカアキさんはいつもセータースタイルで滑っていましたね。石の湯では何故かヤッケを着るのはお洒落じゃないって子供ながらに思っていました。タカアキさんのこの絵の横に笠木先生が描かれたハコちゃんが釣りをしている絵がありました。革のショートパンツをはいていて、ハコちゃんもお洒落でしたね。私は知らず知らずに石の湯ロッジでセンスについて学んだような気がします。

投稿: 榎本アコ | 2011年11月18日 (金) 午前 01時10分

深夜のコメントをありがとうございます。榎本姉妹とはここでずいぶんと、お世話になりました。ロッジにも行かなくなり、小布施に出かけたときに立ち寄る程度になりました。alpshima

投稿: 榎本アコさん。 | 2011年11月18日 (金) 午前 07時14分

深夜のコメントをありがとうございます。榎本姉妹とはここでずいぶんと、お世話になりました。ロッジにも行かなくなり、小布施に出かけたときに立ち寄る程度になりました。alpshima

投稿: 榎本アコさん。 | 2011年11月18日 (金) 午前 07時16分

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