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2011年3月25日 (金)

桜三昧・筋違万代橋 1875年

1875 明治8年の郵便錦絵は、近代化の重要な役目であった郵便事業を啓蒙するために、伝統的な錦絵手法を用いて、普及啓発に努めたのです。

神田川の両岸に満開の桜が咲き誇る・・・、いい景色ですが、此処は現在の万世橋と昌平橋の間辺り、煉瓦の高架になっている閉鎖的で殺風景な場所です。鉄道の走る以前の錦絵ですから、このような見通しの良い景色が広がっていたわけで、遠くの緑の森は左が湯島聖堂、真中が神田明神という位置関係ですから、見物の人も多かったのです。大きな擬洋風建築が異彩を放ってますが、此処は租税寮と記されてるものの、その内容がイマイチです。(租税寮は、明治4年に租税司を改称して設置された大蔵省の内局で、同10年に租税局となりました。この錦絵は、同7年に万代(万世)橋に開設された租税寮出張所です。

江戸時代からこのあたりを筋違見付と呼んでいたのですが、維新後、筋違万代橋となったものの、明治15年頃に壊され、このあたりは万世橋と昌平橋が場所を行ったり来たりと落ち着かず、明治末期、廣瀬中佐像を従えた万世橋駅が堂々の姿を見せる頃、現在の位置に収まったわけです。

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