1953年(昭和28年) 飯田橋
写真:木村伊兵衛
初めて自分で井の頭線久我山駅から吉祥寺経由で、中央線に乗り(父は省線と呼んでいた)、神田方面に行ったのは1958年(昭和28年)、小学校5年生の夏休みです。
当時流行しはじめ、外国の子供達との文通のやり方を指導してくれる、ペンフレンド協会にクラスメート2人と行ったのですが、飯田橋にあったその協会を訪ねていくと周辺は飯田濠だったのか、やたらと水辺ばかりが目に入りました。三人とも武蔵野界隈の生まれでしたから、生活の場近くに水と船のある環境に、戸惑ってしまったことを記憶しています。
既に排水汚染も進んでいたのか、強烈な臭いが蔓延していて濁り、油の浮いた川からは、私の住まいの北側を流れる自然な神田川の下流と思えない違和感がありました。
昭和28年頃の飯田橋界隈は、明治時代の地図と、殆ど変っていないようです。
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