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2011年3月23日 (水)

1963 吉祥寺駅 北口

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写真:鈴木育男(らかんスタジオ)

今も、年に何度かは学園の桜祭りや部活動OB会などに吉祥寺に出かけ、過ぎ去りし日々の懐旧にひたるのですが、ここ3年前ほど前から平和通りや、ハモニカ横丁が様変わりし出し、若い世代が切り盛りする店には、どきっとするほど斬新な店舗も見られるようになりました。

吉祥寺北口に出ると何故か昭和30年代に戻れるのは、どうしてかと思っていましたが、それはやはり、平和通りの設置されたスピーカーから聞こえてくる独特のイントネーションの女性による、商店街のPRだと、最近気付きました。ひょっとして、その声の持主が変わってないとすれば驚きですが、40年以上もひたすら続けられていることになります。たんたんと繰り返されるその声は一度聞くと癖になってしまうほど、個性豊かで、この街のシンボルと思っている地元の方々も多いと思われます。

さて、この写真は私が高校一年生の頃の、吉祥寺駅北口の改札界隈の模様です。ここから関東バスに揺られ、学園まで通ってましたが、朝の混雑と、待ち時間の不安定さから、雨・風の日以外は、ほぼ自転車通学に代わり始めた頃でもあります。当時は、バスの床が木材で出来ていて、たまに、ワックス掛けを済ませたピカピカのバスに乗ると、その強烈な臭いが鼻を突き上げるような凄さでしたし、冬場ともなれば車内暖房の温度も高く、その臭いは目眩いをしそうな、きついものでした。

さて、お知らせですが、このブログのディスク容量がオーバーとなる、本年12月12日をもって、alpshima毎日連載の記事が完了いたします。現在、記事のストックがいっぱいとなり、 alpshima にタイムリーな記事を書き込みできなくなりましたので、今からでも新らしいアドレス http://alpensmile.cocolog-nifty.com/ のブログを、併読ください。

タイトルも alpshima 2 といたしました。タイムリーなできごと・散策日記などを書き込みますので、時々クリックしてみてください。何とか、ほぼ毎日の書き込みをしたいと思います。最終日、12月12日までの alpshima と併読していただけますよう、宜しくお願いいたします。(この件は、今後のブログでアトランダムに記載いたします。)

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コメント

地震による被害が無かったご様子で何よりです。
本文を読んで、朧げながら記憶をたどると昔の京浜東北線も木製の床で、
時たま灯油のような匂いを清掃した床から感じた気がします、目に少し染みるような。

当時、特に珍しいことでは無かったのか、希薄な記憶です。

投稿: JP | 2011年3月23日 (水) 午前 06時43分

これ以外にも、町には様々なにおいが漂っていました。今は本当に、町のにおいが消えましたね。alpshima

投稿: JPさん。 | 2011年3月23日 (水) 午前 09時29分

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