雲中天壇 1939年 梅原龍三郎
油絵の持つ混色の複雑さ・繊細さ・奔放さを、千姿万態(姿かたちや様子、ありさまが、さまざまであること。)な対象に向けて直球勝負した、梅原さん!。何と1939年http://www001.upp.so-net.ne.jp/fukushi/year/1939.htmlという日本が暗くなりだした頃、国策に反旗を翻すように自由賛歌を謳ったような作品です。
藝術のもつ技術的評価、歴史的意味など、もう、どうでもよく、ただただ、爽快な気分・晴れやかな気分を運んでくれる絵画のもつ力を指し示してくれる、永遠の傑作です。
晩年の雲のような縄文的造形はまだ控えめであるものの、既に、内に秘めたエネルギーは爆発寸前ですし、混色・配色の構成は、意識しなくとも脳内から瞬時に手先に伝わり、苦慮せずとも、画面に定着できる技量が輝くばかりです。
梅原さんは、「わたしは、この『音楽を聞いているような空』を楽しむ最高の場所は、ここ天壇だとよく人に言っています。広大な敷地のどこに立っても、空を仰ぐと東西南北さえぎるものはなく天、天、天……、大都会の一角とは思えぬ林のなかの静けさ、地上に点在する祈年殿の藍い瓦や円丘の白い祭壇……、すべてが碧い天と溶けあって『天地一体』を織りなしているのです。」と言っているように、北京の空と雲を気に入ってしまったのですね・・・。
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