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2011年3月16日 (水)

1962 初めての建築模型

02 1962年、中学3年の夏休みの宿題は、日数がかかりました。自由課題と思いきや、必須課題で何と『建築模型』というそれまでにない、時間と手間、そして、構想力も問われる想定外の宿題が課せられたからです。ただでさえ、基礎科目の卒倒するほど厚い問題集に僻々していたのに加え、ひどい仕打ちだと思わざるを得ないのでありました。

この頃、父は出版編纂の仕事に没頭。元々、画家を目指していた父のアトリエには、建築・デザインの雑誌も点在していたので、父の留守に入り込んで、見たことのない画集やカタログを食い入るように見てましたから、建築模型の参考になる住居デザインの参考に使える雑誌はないものかと探していたところ、『Modern Living』という雑誌が目に入り、そこには当時の個人住宅がたくさん掲載されていました。その中から、気に入った何件かの設計図を組合せトレースして、出来上がったのが、恥ずかしいほどの豪邸であります。

当時から模型マニアの中では有名だった吉祥寺『歌川模型』の主に相談し、ニューム管・バルサ板・竹ひごなどを買って、毎日黙々とラジオの野球中継を聴きながら完成したのですが、宿題の条件として一階、二階の平面も見ることが可能であることとされ、家具・設備の類まで作らざるを得なくなり、思った以上に、大苦戦でありました。さらに、ガラス戸のサッシを作るには、面倒くさいが一枚一枚切り抜くのが早いこともわかり、1961年に発売されたばかりのNTカッター http://www.ntcutter.co.jp/menu.J.htm を買いスピーディにカットしていきました。その上、父に、フィニッシュとして接着剤を先に塗り、庭に砂を撒くことをアドバイスされ、セメダインの強烈な臭いの中、完成となったのです。夏休みが明け、学校に持参するにも、かなりの大きさ故、バスにも乗れず、大正通りを慎重に歩いて行きました。

この模型は美術担任の読谷山先生のお褒めにあずかり、その後10年以上も美術室のガラス棚に保存されていたということです。

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