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2011年3月21日 (月)

両国橋あれこれ。

1873

01132221

早朝の新橋から日本橋まで自動車の少ない解放感を堪能しているうちに、江戸通りに出ます。ここは地方銀行の支店が多く、ちょっと不思議な光景ですし、この周辺は旧東京市町名、即ち、江戸の町名が残っているところとして有名です。紺屋町・美倉町・北乗物町・小舟町・堀留町・人形町・・・、さすが江戸通りの周辺ですね。春先は江戸通りを北上し、浅草橋から浅草方面に向うのことが多いのですが、靖国通りを右折し、両国方面には向おうとはしないのです。それは先ず隅田川を越えると京葉道路という名称にかわり、京葉道路といえば私世代には、自動車交通渋滞のメッカであったことが起因していますからどうしても向う気がしないのです。それと関東大震災・戦災などで寄道・抜道・戻り道の面白さがないほど区画整理の行き届いた道路ばかりになってしまいましたから・・・。

1873年(明治6年)の郵便錦絵を観ていれば、橋が人のためにあったことを改めて感じ入りますが、それから半世紀も経たない関東大震災前の両国橋は、車中心の時代となっています。

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