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2011年4月 3日 (日)

1911 日本橋 渡り初め

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眩いばかりか、輝かんとさえする日本橋の真昼間に立ったのは57年前の春です。父と三越で絵の展覧会に連れられて行ったあと、京橋方面に歩いていくと、見たこともないような広い広場のような場所に出、そこには路面電車から外国の自動車までが忙しそうに動いていました。その広場を渡ると大きな橋が見え、ここが日本橋であることを教わりました。川とのコントラストも美しく、空はあまりにも広く、杉並の雑木林に囲まれて育った私はただただ、キョロキョロするしかありません。父は10代で飯倉片町から小石川春日の川端画学校に通いながら、ときには日本橋方面に出て、画廊巡りなどしていたそうで、この界隈もにも詳しく、日本橋川沿いを歩きながら、呉服橋に向かい、とんかつ屋さんで生まれてはじめてのとんかつを味わうことができました。川を跨ぐ橋が何本も遠くに観え、その雰囲気は私にとって東京の水の都の印象を焼き付けることとなったものの、たった10年後にはこの界隈が首都高で塞がれた状態になるなど、思ってもいなかったのであります。

小さい写真は日本橋が完成した1911年4月3日の渡り初めの絵葉書です。あいにくの雨ながら、蛇の目傘から洋傘までぎっしりと人で埋まった日本橋からは周囲を見渡す愉しみはなかったものの、日本が近代化していく慶びが伝わってくる絵葉書です。

本日、日本橋は架橋100年記念日でありますが、盛りだくさんな企画を予定していた100周年記念イベントも、この状況下、自粛せざるを得なくなりました。http://www.nihonbashi-meikyou.jp/ 

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