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2011年4月25日 (月)

1955 箱根の修業。

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195523 56年前の夏の学校・学園箱根寮の写真を観ていると、懐かしさもありますが、厳しい清水晴男先生を思い出します。先生の方針は熱血教育・本音で生徒に向かい合う・・・など、さらに文武両道を目指すなど、教育そのものが管理される以前の個人の情熱によって引っ張っていけた時代かも知れません。この三枚の写真のうち、大きな写真は朝食前の凝念という儀式で、一分間、各自今日の目標をイメージしているところ、残りの二枚は就寝前の今日の日記と朝と同じ凝念で、今日の反省をしているところです。小学校2年の夏ですから、遊びだけを楽しみにしていた私をはじめ、殆どの生徒は、毎日毎日、繰り返される目標設定と反省にいささか戸惑い気味でありました。特に、夜の反省時には先生がこの日のできごとをまるで記録したかのように詳細にお話しされ、普段の学校での大らかな先生と違う一面を観たようでした。

それでも、まだまだ野趣に富んでいた箱根の遠足は徒歩で仙石原から元箱根までと、子供にとっては強行軍でありましたが、清水先生は路傍の草木の名前を生徒に教えながら、自然観察と健康とを兼ねた、実学指向の実地訓練を成され、先生に育てられた多くの生徒は、その後自然への慈しみを忘れることなく、今日に至っています。

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