« 1955年 夏休み発表会 | トップページ | 1955年・パン屋 »

2011年5月15日 (日)

1872年 市ヶ谷門橋から尾張上屋敷を望む。

18725 神田から本郷辺りを自転車徘走し、西片一丁目の細道のアップダウンを堪能したあと、白山通りを水道橋に向かい、外堀通りを右折し、そのまま神楽坂下から靖国神社方面に抜け、案外と馬鹿にできない上りを一気に越えると、田安門が待っています。左は神保町に向かい自動車さえ少なければご機嫌なダウンヒルですから此処の下りは早朝に限ります。右に上ればJR市ヶ谷駅にぶつかり、そこを左に行くと四谷方面、右は市ヶ谷橋で外濠を渡って左に行くと新宿方面となります。

さて、明治5年に撮影されたこの写真は、靖国通りの市ヶ谷駅近辺から、尾張藩(徳川慶勝六十二万九千五百石)上屋敷を左奥に望む絶景スポットから撮られました。明治11年にこの屋敷は陸軍士官学校となり、現在の防衛省に至ってます。家並は市ヶ谷八幡町、小高い丘の辺りが亀岡八幡です。現在もこの界隈は行政の事務的論理に歯向かうがごとく、江戸文化の薫りを遺すため、町名が美しいのであります。

このまま遺されていれば、都心最高の休憩スポットのひとつでありますし、坂町として違った発展もあったことでしょうね・・・。

|

« 1955年 夏休み発表会 | トップページ | 1955年・パン屋 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/29019/37041274

この記事へのトラックバック一覧です: 1872年 市ヶ谷門橋から尾張上屋敷を望む。:

« 1955年 夏休み発表会 | トップページ | 1955年・パン屋 »