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2011年5月10日 (火)

1900年 銀座通り

33 この賑やかな銀座通りを埋め尽くした装飾は、1900年(明治33年)5月10日、ときの皇太子・嘉仁親王と九条節子との結婚祝賀の様子といわれています。

晴れ晴れとした祝いの気配が、この写真からも伝わってきますね。鉄道馬車・服部時計店の塔など、すっかり1872年(明治五年)の大火でリニューアルし、様相の一変した銀座の勢いが分かります。銀座煉瓦街と言われたものの、実態は煉瓦壁の表面にスタッコ(西洋漆喰)を塗りたくった建物が圧倒的で、煉瓦の落ち着いた街並とは程遠い、眩いばかりの白化粧の店舗が居並ぶ街であったということです。この煉瓦街とは歩道に敷き詰められた煉瓦から由来しているというのが事実のようであります。(参考;池田弥三郎著・銀座十二章)

尚、服部時計店(現・和光)の前の話をしますと、此処は朝野新聞社が明治9年に銀座に進出したところで、当時の銀座は近辺に官庁街が有った為、新聞各社が銀座に押し寄せてジャーナリズムの街となった時代であったそうです。明治27年この朝野新聞社屋を買って伊藤為吉が設計改築し、服部時計店が完成した由来があります。

その後、この一等地に関わる地所争いは、天ぷらの名店『天金』と『服部時計店』の間で繰り広げ、大正七年に服部時計店が取得します。

さて、お知らせですが、このブログのディスク容量がオーバーとなる、本年12月12日をもって、alpshima毎日連載の記事が完了いたします。現在、記事のストックがいっぱいとなり、 alpshima にタイムリーな記事を書き込みできなくなりましたので、今からでも新らしいアドレス http://alpensmile.cocolog-nifty.com/ のブログを、併読ください。

タイトルも alpshima 2 といたしました。タイムリーなできごと・散策日記などを書き込みますので、時々クリックしてみてください。何とか、ほぼ毎日の書き込みをしたいと思います。12月12日までの alpshima と併読していただけますよう、宜しくお願いいたします。(このお知らせは、今後のブログで随時記載いたします。)

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