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2011年5月 7日 (土)

これは紀尾井坂では・・・。

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119 明治・大正・昭和東京写真大集成という本が世田谷中央図書館では人気らしく、先月ようやく借りることができました。石黒敬章氏 編・解説もこの手の本にありがちな難しい文脈が無く父上である石黒敬七さんに似た、洒脱な文体が内容とよく似合っています。

一昨日のブログ資料を編集中、その中に明治40年代に撮影された弁慶橋の絵葉書が載っていました。弁慶濠の永田町側から撮影されたその向こうには、わざと後から描いてしまったのか、富士山のような姿があります。ところが、この富士山と思ってしまったのが実は、他の写真資料から紀伊和歌山藩邸の巨大な樹木林であることが分かりました。それにしても高さとボリュームが立派でおそらく築山でもあったのでしょう。ということは手前に市電の走る坂は紀尾井坂ということになります。

このことが分かり、もしかして・・・、と東京藝術大学コレクションの『歌川広重・名所江戸百景』の図版番号119にある「赤坂桐畑雨中夕けい」にまったく同じアングルから描かれた一枚があったことを思い出し、その解説を読むと、画面中央の坂道が紀尾井坂でなく赤坂御門に向う坂道と記載されてます。となると手前は溜池濠の北端となるわけで、この坂は歩く人が見えないほどの高い土手が築かれてましたから、

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この版画も間違いなく紀尾井坂なのであります。ハッキリ言ってしまえばこの版画は赤坂御門から見た紀尾井坂方面なのであります。雨にかすむ奥の樹木林などはまったく写真と同じといっても過言ではありませんよね・・・。

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この私説について、藝大美術館に問い合わせても、担当学芸員が転籍のため分かりませんという、シンプルなお答えでありました。今は自動車ばかりが通過する道路となり上を見れば首都高が塞いでいますが・・・、何ということか!、この樹木林だけは、まったくといってよいほど同じカタチで健在なのです。

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