« 1885 浅草仲見世 | トップページ | 大正初期 須田町より万世橋駅を望む。 »

2011年6月28日 (火)

明治末期 四谷見附より外堀通・陸軍士官学校を望む。

04

Rimg32914明治時代に発売された東京名所絵葉書は、今は失せてしまった絶景スポットがふんだんに登場する上、江戸時代の名残とご一新の成果たる西欧建築とがほどよく混在していて、建築環境文化論的には和洋の二律双生が視覚的に分かり、『お好きな方々』の教典でもあります。

この眺望では四谷見附駅から市ヶ谷に抜ける外堀通がなだらかに流れています。遠くに見える陸軍士官学校は何故か薩長の軍事支援をした英国でなく、幕府側の支援をした仏蘭西の軍事教育を旨としたそうですから、維新前後の当時の事情がよく分かりませんが、日本人特有の日和見判断でもあったのでしょうか・・・。

いい景色を独り占めできる土手は今も概ね変ってませんが、この穏やかな眺望は取り戻すことなどできるわけありません。都心から自転車で世田谷に戻るときたまに走るルートですが、埋めたてられた土を掘り返し元に戻し、絵葉書の景観の一部でも堪能できるならば、この界隈だけを徘走していても充分満足であります。

|

« 1885 浅草仲見世 | トップページ | 大正初期 須田町より万世橋駅を望む。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/29019/37374311

この記事へのトラックバック一覧です: 明治末期 四谷見附より外堀通・陸軍士官学校を望む。:

« 1885 浅草仲見世 | トップページ | 大正初期 須田町より万世橋駅を望む。 »