1958 竹芝桟橋。
小学校5年生ともなると、さすがに母親の見送りといえども手を振るなど恥ずかしく、ましてや、テープの端と端を持ってのお別れなどは、恥ずかしいを越した男としてのカッコワルイ段階の話になってしまいました。
写真を観ても、テープは僅かしか見えず、手を振るだけの母親が寂しそうな出港となっています。千葉県岩井海岸の夏の学校は、大人に目覚めだした年頃でしたから、赤い褌の格好が恥ずかしく、全クラスの集団だからこそ乗り切れたものの、水泳技術レベルで組み分けされ、五人ほどの少人数となれば、男子はカッコウワルイことばかり気になって、水泳の技術を取得するなど蚊帳の外であったのです。私立学校の伝統からか、その風習は連綿として私世代も受け継ぎましたが、今では、その恥ずかしい想い出が佳き想い出に変換され、日々のできごとさえも鮮明に蘇るのです。
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