« 『ムーランルージュラ・グーリュ』 ロートレックのモダン | トップページ | 町に人情あり。 »

2011年7月30日 (土)

人の波・両国花火

23

写真:木村伊兵衛

1948年(昭和23年)夏の両国花火を見上げる群集は、まだ薄闇の中、一番花火でも見上げているのでしょう。ぎっしりと埋まった船上は今にも水上に落ちそうな人も多く見受けられ、今でしたら、安全管理上、受け入れられない状態です。1733年以来、何度か中断したこともありますが、現在も隅田川花火大会と名称が変り、相変わらずの大混雑な夏の東京ビッグイベントであります。

私が両国花火のスケールの素晴らしさをはじめて知ったのは、山下清さんの貼り絵で、素朴ながら観衆一人ひとりの細かさ、花火のリアリティの表現に、画材といえばクレパスしか知らなかった頃で、子供ながらびっくりしたものです。その後、小学校3年生の夏、同級生だった小林健司君のお母さんの実家が浅草海苔の問屋さんを営んでいて、そのご縁で初めて両国花火を観ることが出来ました。井の頭線・総武線を乗り継ぎ両国駅を降り、大混雑の中、会場にたどり着くとこの写真とまったく同じ状況が目の前の隅田川にあり、その観衆の多さと歓声の大きさに、のんびり暮らしていた久我山の生活とは真逆な活力にあふれた生活感たっぷりな世界を感じ、花火そっちのけで観客の様子に興味が移ってしまい、一人ひとりの動作振りを観ているばかりでした。花火がシュルシュルと垂直に上っていくのとシンクロして顔も上っていく動きが大勢なだけに面白かった記憶があります。

今日は、両国花火大会、いや、隅田川花火大会その日・・・だった筈でしたが、残念であります。

|

« 『ムーランルージュラ・グーリュ』 ロートレックのモダン | トップページ | 町に人情あり。 »

コメント

鈴なりとの言葉をだれしも思い出す画像です、まだ日も
高い様子ですし、トイレなどどうしたのか???
私も柳橋に鶏屋の親戚が居て、近所の料亭に鶏を納めていたので、
料亭が臨時に用意したと思われる床のような
所で、両国の花火を見たことが有ります5〜6歳のころか。

荒川大橋の花火を見たのは打ち上げ現場の近くの伯母の
家、六帖一間だけの安アパートで、花火の音で窓ガラスが
今にも割れそうにびびるのでした。

昨日の晩飯は思い出さないが随分と昔のことは良く
覚えている。

投稿: JP | 2011年8月 1日 (月) 午後 01時24分

四季折々の約束ごとが生活の節目として彩りがありましたね。alpshima

投稿: JPさん。 | 2011年8月 2日 (火) 午前 06時45分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/29019/37838602

この記事へのトラックバック一覧です: 人の波・両国花火:

« 『ムーランルージュラ・グーリュ』 ロートレックのモダン | トップページ | 町に人情あり。 »