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2011年8月12日 (金)

三代広重 1873 東京駿河街国立銀行繁栄之図

1873 現在、日本橋三越と三井本館の間の道が、一方通行出口となっていて、常盤橋方面から中央通りに抜ける自動車も少なく、おまけに日中の陽射しも高層ビルの間であるため、暗く肌寒い環境になっています。

この錦絵からは現在の暗い環境が想像できませんが、このみごとなパノラマこそ本来あるべき日本橋の姿でありましょう。ご一新後ようやく国家のインフラ整備とともに国際化に対応するべく金融整備の象徴として出来上がった国立銀行の姿も和洋折衷の感があり、周辺環境とも馴染みけっこうであります。

それにしても富士山が望遠レンズで覗いたように大きく見え、誇張しすぎではと勘繰りたくなるのですが、このような錦絵は東京土産として人気絶大であったからこそ、富士山も大きく描いたのではないかと思います。

それでも、駒澤通りの深沢から見える富士山が何故大きく見えるのか不思議同様、角度によって、全く周辺と見え方のちがいが生まれるそうですから、この大きさも誇張ではないかも知れないのです。検証するにも、ここから皇居の間の丸の内界隈の高層ビルがあり、そうなると、コンピューター検証しかありませんね。

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