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2011年8月24日 (水)

夏休み絵日記・1955

Rimg26031 「8月24日。きょうのゆうがたぼくはともだちとふたりでとこやにいきました。すこしこんでいたからぼくとともだちとでほんをよみました。ぼくのほんはかばだいおうさまでした。ぼくのおもしろかったのはかばだいおうさまがそばやになったところでした。やっとすいたからぼくとともだちはいすにすわってあたまをかりました。はぢめはしろいきれをかけてかりました。おわりにかおをそってからともだちのおわるまでまちました。そうしたらおとうさんがとこやさんにきました。それからあめがふってきたのでぼくとともだちとふたりでさきにかえりました。すこしたってからぼくはおとうさんをむかえにいきました。おわり。」

1955年(昭和30年)頃、久我山の床屋さんといえば、駅を降り人見街道を南下して坂を上りかける手前の左にあった、『大川理髪店』だけだったかと記憶してます。戦争が終り10年も経つと、少しずつ町も元気になり、新しい店も増えてきました。この『大川理髪店』の隣は『久我山デンキ』というナショナルチェーン店で数年後にはテレビ・洗濯機・冷蔵庫の家電ブームが到来し、久我山界隈のニーズを独占、大繁盛し、あっという間に坂の途中に立派な独立ビルの店舗を構えてしまいます。かたや、大川理髪店の店主は、時代の潮流にも同ぜず、めったに笑いもしない強面の職人気質でしたから、やおら髭剃り刃を革のベルトのようなものでピタピタと研ぎ始めると、内心、怖かったのでありました。

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コメント

明治生まれで、テーラーを営んでいた、母方の祖父は
西洋剃刀でヒゲを当っていたので、コウドバンの皮に
刃先を当てて整えていました、つい最近 床屋で何故、皮に刃先を
当てるのかと尋ねたら、刃が切れすぎると肌を傷める
ので、刃先を鈍らす為と教えられました、なるほど。

ところで久我山デンキさんの。立派な建物はメーカからの支援も
大きな比率で有ったものと思います、憶測ですが。

子供の頃に行っていた床屋は終わると風船ガムをくれました。

首もとに天花粉をたっぷりとぬられて。

投稿: JP | 2011年8月25日 (木) 午前 11時25分

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