1975 父の戯れ画。
1971年に、生涯最初にして最後の個展を開いた父は 、その後追求していた絵画理論を更新する油絵を描くこともなく、ひたすらスケッチブックに当時、発売されたばかりの筆ペンが気に入って、書斎以外の食卓やソファーに座り、このようなデッサンやスケッチを描いていました。まだ出版編纂の仕事や祖父の記念館文庫の設計監理などにも携わっていたので、出張・取材など落ち着かなかったのですが、家に居る時はのんびりと水墨画のような画風を愉しんでいたのです。
時おり川端画学校時代の仲間である原精一さんが久我山の自宅に遊びに来ては、深夜まで酒盛りとなって、そのエネルギッシュな風貌と食欲に明治生まれの豪傑ぶりを感じていました。明治生まれの芸術家に特有なのは、この、自分の追及するテーマを生涯ぶれないで追い求めたことでしょうか。意思・技術・体力を自分の知恵と出会いによって得とくしていった魁の迫力は今も鮮明です。
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