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2011年9月25日 (日)

『夕映え』 1965年 9月25日 週間新潮表紙

1965925 どうして夕焼けが場所によって色も迫力も違うのか、今もってよく分からないのです。

例えば、駒澤通りを都心から帰る時、深沢あたりで出くわす強烈な色彩乱舞は八ヶ岳ではじめて観た夕映えのパノラマとひけを取らず、素晴らしい迫力で刻々と変化していきます。

谷内六郎さんの水彩画は、素朴な里の夕映えの様子ですが、私世代には、切なくなるような空気の薫りまでがよみがえってきそうです。夕映えの色彩を独特な色相で練り上げ、俗っぽくなく叙情的に構成された画面からは、お家の温かさが手前の姉弟にも伝わっているようです。

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