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2011年9月14日 (水)

明治43年 芝公園杉並木

43 素晴らしい杉並木・・・、明治43年の写真ですが、見た時は日光かと思いましたが・・・、芝公園内の杉並木だったとは・・・。現在、赤羽橋から二又になっている一つ先の信号辺り、芝ゴルフ場の脇に小さな池の名残がありますが、その昔、ここは弁天池というきれいな池があり、この池の周りがこのような美しい杉並木だったわけです。

徳川家康は江戸城の鬼門の厄払いとして日光に東照宮を、芝に増上寺を設けたわけです。日光だけは今も杉並木が有名ですが、芝はどうしたのでしょうか。大門駅から山門に出る手前に樹木草のきれいな区域が横に並んでますが、この界隈が杉並木であったのでは・・・などと勘繰ってしまいます。

詳しい人に聞くと、何と、先の戦争末期、資源に乏しい日本は松井石根陸軍大将の短絡な一言で、焦土と化さないために平地伐採計画という愚策を立て、日比谷公園・恐れ多くも代々木・芝の並木を伐採して軍需資材として使用したということのようです。今となっては恐ろしい話で、やはり戦災ということでなく人災を被ったというのが正解かも知れません。

それにしても、東京にもこのような素晴らしい環境があったとは・・・。知らないことが多すぎます。自転車で真夏の早朝、この並木を疾走することが出来たら晴れ晴れした気分になれたでしょうに・・・。

また、「たられば」の話となってしまいましたが、無茶苦茶となってしまった場所の典型とでもいえましょうか・・・。

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