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2011年9月 2日 (金)

明治初期 筋違通夜景 井上安治

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関東大震災・戦災ですっかり江戸の風情もなくなり、さらに東京オリンピックとその後の高度成長・・・、光と闇と樹木と水辺がみごとに混在していた明治の東京も、現在のような景観となってずいぶん経ちますが、まだまだ港区では再開発の動きは活発です。

庶民の日々の些細な生活文化が消え失せ、地域の顔役も居なく、家族の団欒にいたってはもう遠い過去の話などなど・・・、こうなれば、昔の風俗生活資料を執拗に見て、佳き時代の生活・景観・風土がいかに豊かであったことを再認識するしかありません。

エコ・エコ・エコなどと叫ぶのもわざとらしく聞こえてくるご時勢なれど、元々、世界に冠たるエコの都市・東京(明治維新でなく徳川瓦解と思った族はとうきょうとは呼ばず、とうけいと呼んでいた時代もあったのです)は水と緑に溢れ、水辺を中心にした物流経済からあそびの界隈に至るまで・・・、それは風流な世界であったようであります。

明治の初期、井上安治の描いた旧筋違見付(すじかいみつけ)門、八ツ小路夜景の一枚にも神田川を眺めながら優雅に散策する大人の愉しみが刷り込まれています。以前まで交通博物館、その前は廣瀬中佐像のあった場所ですが、今も赤煉瓦の高架線が邪魔し、川向こうの光景を愉しめませんし、ビルばかりですから別にどうってことのない光景でしょう。珠に自転車でこの通り界隈を抜けるときがありますが、林立ビルのお蔭で一日中薄暗く、夏場でもぞくぞくっとしてしまいます。

明治22年、ニコライ堂建設中の足場から撮影した記録写真の中央右、萬代橋の右側広場が八ツ小路です。

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コメント


俺も最初は信じられなかったんだけどね。
百聞は一見にしかず
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投稿: ほんとなんだって | 2011年9月 2日 (金) 午後 05時47分

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