光悦の黒楽茶碗 『七里』
剛毅で美しく、おまけに幽玄な姿は、作ろうと思って生まれるものではなく、釜の中の炎に委ねた神頼みの成せる業なのです。
不思議なもので、茶道具の中でも別格扱いな茶碗の評価は千差万別・唯我独尊・・・、夫々が勝手に一人歩きしてしまい、「素晴らしい器」があるということを無視するが如く、枝葉末節からの視点で褒め称えます。
しかし、この本阿弥光悦の『七里』などは、もう何の評価も要らず、存在そのものが奇跡の姿です。炎に委ねる以外、人間が施せる造形美としての高台処理・口縁のゆらぎ・緊張感のある直線性・・・、などは作為の領域ですが、素地のみえる釉薬の掛け外し部分は、炎の戯れとはいえ、みごとな間を演出していますね。
三井の益田鈍翁の旧蔵品で、現在は、五島美術館の所蔵となっています。
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