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2011年11月27日 (日)

父のデッサン リンゴ

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1923年http://www001.upp.so-net.ne.jp/fukushi/year/1923.html、関東大震災の起こる大正12年のデッサンですから、父は15歳の頃です。前年に全くの未経験状態で入学した川端画学校では、日々のデッサン訓練に必死に食らいついて、おどおどしたデッサンをしていたましたが、一年も経つと光の明暗の捉え方も板に付いてきた様子が分かります。

シンプルな球体の応用編としてこのリンゴのデッサンは画学生やデザインを志望する学生の必ず通らねばならないモチーフの定番でした。私も17歳の夏になると父のアトリエに呼ばれて、このリンゴのデッサンに悪戦苦闘していた頃・・・、今から47年前をふっと思い出します。

おそらく4B程度の濃い鉛筆で画いたと思うのですが、線の濃淡が修整無しで安定しています。15歳でこの出来っぷりですから、周りの画学生にはもっと卓越した腕の持主も多かったに違いありません。画家として後世に名を成す方々と一緒に、デッサンに終始していた父の姿がこのリンゴからも沸々としてきます。

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